初代魔女再生記  

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 三週間後。2021年1月23日 土曜日。雪の少ないこの冬、初めて大雪が降った週の週末、ついに初代魔女が帰還した。

 

  「作業が全て完了致しました」と連絡が来たのがこの週の初めの月曜日。「一カ月くらい……」と聞いていたので驚いた。もちろん、引き取りに行ける最速のタイミングでRamzy'sへ向かったのだった。

  

 ブレイシング、フレット、ピック傷のタッチアップ 等々。問題なく全ての修理は完了していた。

 

 唯一「ネックの逆ぞりですが、サドル高をちょっとかさ上げしたので、現時点でビビリはありません。弦を張った状態で順反り状態に少し動く可能性があるので、もし状態が変わったらその時に調整しましょう」ということでネックの修正は見送った。しばらく様子を見てからの判断となるが、これについては「調整」の範疇なので特に心配はないとのことなので。

 

 

 家に戻り、あらためて初代魔女L-28と対面する。ストラップピンの装着と、えぐれた弾き傷部分をタッチアップで塗装した以外、外観に変わりはない。

 

 持ってみる。ネックはフレットの端の引っ掛かりもなく左手がスムーズに移動できる。弾いてみる。音量が全く違う! これが本来のポテンシャルか。いつものフレーズを爪弾く。奏でられたのは――修理前とは比べ物にならない超絶美音だった。

 

 初代魔女は楽器として完全復活していた。

 

 実際に所有している同時代のLarrivee達、それらから想定していた初代魔女の音はこれしかない、という記憶の中にある通りの紛れもない古のLarriveeトーン。幻ではない。それが今、目の前で堂々と鳴っているのだ。

 

 一カ月半前、スクラップ寸前の姿でやってきた初代魔女。せめて音が出る程度には直ればいいな、と願ってはいたが、これほどのコンディションにまで仕上がってくれるとは。

 

 いまだに表立った音楽活動は再開できない時世。それどころか日々の先行きも見えず、不安ばかりが押し寄せて来る現状ではあるが、こんな極上のいい事も起きるのだ。何だか僕自身も負けてはいられない気分になる。

 

 

 それにしても――想いは遡る。

 

 Larriveeとの出会いは、1980年のL-78を見た衝撃。それが全ての始まり。そこから今日までLarriveeとの長い物語が、断続的にではあるが続いている。

 

 1984年に初めて自分のお金で買った憧れのLarrivee初代魔女L-28との出会い。そして不本意な予期せぬ別れ。

 

 長いブランクを経て――

 

 2004年に音楽活動再開。二代目の相棒に選んだのは初代魔女L-28の面影の残るC-05。初代魔女から18年後に製造されたC-05はボディ形状は同一で確かに古のLarriveeの面影を残しつつも、全てが近代化された進化形だった。僕の第二のギターライフの始まりである。

 

 2005年、偶然手に入れたL-31Classicalが僕の封印されていた記憶を解き、あの時代のLarriveeへの想いが再燃する。鉄弦とは全く別物のクラシックギターであるにもかかわらず、かつて初代魔女L-28を弾いていた頃と同じような感覚に囚われた気がしたのである。当時、L-31 Classicalの姿が初代魔女と似ている感じがしたのだが、なるほど。比べてみると側板・裏板の色味がそっくりだ。あながち気のせいではなかったのだ。

 

 2007年に、開店したばかりのRamzy'sでL-10 1978に触れる。当時の鉄弦のLarriveeを手に入れたい想いは一層強まる。

 

 2008年、個人輸入でカナダからL-10購入。これは初代魔女L-28よりもっと古いものだったが、ついに念願のOld Larriveeを手にした。だが、これで終わりではなかったのだ。

 

 2009年、まさかの究極の魔女L-78を入手。この思いもしなかった奇跡の出会いは、僕自身の転機にもなった。なんと引退封印していた弾き語り活動を再開。更には、この究極の魔女は「仲間」を呼び寄せるようで……

 

 2011年、さすらいの大魔女L-72、2012年、魔獣L-27と、曰くつきの希少なOld Larrivee達が立て続けに我が家へやって来た。

 

 ただ、探し続けていた初代魔女と同一仕様のL-28は見つからなかったのだ。

 

 しかし2016年、希少なOld Eagle亜種のインレイを持つL-28、初代魔女と「ほぼ同一仕様」と言える最後の魔女L-28に行き着き、ついにLarriveeをめぐる物語に終止符を打った――はずであった。

 

 本当に終わったはずで、実際に以降四年間、Larriveeに関しては平穏そのなものだったのだ。それが、完全に忘れたころの2020年になって、最後の最後にまさかの正真正銘初代魔女L-28が帰還。

 

   ――と、書いていると何だか「人生をかけてLarriveeと対峙した男の一代記」みたいに思われそうだが、長期のブランク期間もあるし四六時中Larrivee三昧だったわけでもなかった。あくまでニュアンスは熱心な一ファン、「追っかけ」の心理に近い感じだったかもしれない。

 

 ともかく、こうして足掛け40年にも渡る僕とLarriveeとの物語は今度こそ本当に終わりを迎えたのである。

  

 

 

 ここ二か月あまりの日々は本当は夢ではないのかと疑ってしまう。こんな望外の出来過ぎた結末が現実に起こって良いのか、といまだに半信半疑な感が否めずにいる。だが、まぎれもない現実だ。 今さらだけれども、ここまで幾度となく「物語」と表現してきて書いている本人でさえ忘れがちだが、「魔道記」はあくまでエッセイであり、ジャンルとしてはノンフィクションなのである。

 

 物語ならば未完の方が心に残る――それは続きが気になるから、終わってしまえばもう先の楽しみがないから、と言うが。いや、これに限っては決してそんなことはない。確かに初代魔女を巡るLarriveeの物語の本編は完結した。けれども、人生はまだまだ続くし、なにより初代魔女との物語はこれからがやっと本当の始まりなのだから――。

  

<完>

 

 2021.5.5

Larrivee L-28 初代魔女 Deluxe Cutaway 1980

 

<<仕様>>

 表板:Solid German Spruce (※1)

 側・裏板:Solid Indian Rosewood 

 ネック:One-piece Honduras Mahogany 

 指板:Solid Ebony 

 下駒:Ebony

 サドル・ナット:Ivory

 

※1:カタログ表記ではGerman Spruceとなっているが1980年頃からはSitka Spruceが使われ始めている。本品も色見から判断してSitka Spruceではないかと推測する。