魔道記アーカイヴ

麗しのTamborine Lady  ―2007年08月―  

 遠い昔、未曾有の衝撃を伴って僕を魅了したLarriveeギター――。 

 

 その最上位機種L-78のヘッドには豪華な「人」のインレイ(貝殻の象眼細工)が入っていた。中位機種ではそれが「動物」となり、普及機種ではインレイそのものが無い。 

 

 「人」のインレイの中でも僕の目を惹いたのはタンバリンを片手に踊る女性、「Tamborine Lady」と呼ばれるインレイだ。当時の日本版カタログの表紙がTamborine Ladyで、そこに載っていたL-78にもTamborine Ladyのインレイがあった。以来、僕の中で「Tamborine Lady」はLarriveeの象徴のようなものになっている。(2005年バンクーバーの工場を訪ねた時、工場の壁にTamborine Ladyの絵が描いてあったのは嬉しかった)

Larriveeヴァンクーバー工場のTamborine Lady
Larriveeヴァンクーバー工場のTamborine Lady

 

 大学時代、死ぬ思いでやっと中古で手にした初代Larrivee L-28は「鳥」のインレイ。当時の僕はLarriveeを手にすることでさえ身分不相応、ましてやTamborine Ladyなど夢のまた夢、大いなる憧れ。それがLarriveeの最上機種の象徴Tamborine Ladyなのだ。 

 

 現在ではどうか? というとやはりTamborine Ladyの最上位機種「72」シリーズは高価な高嶺の花であることに変わりはない。ただし、手が出せないレベルか、というとそこまでではない。あくまで「現行では」というレベルだ。 

 

 2005年、偶然手にしたL-31という古いLarrivee。これはクラシックギターではあるが、材のスペックはL-78と同等の最上位機種だ。音は現行Larriveeとは別物の次元。クリアで繊細かつキレがあるのが僕の持っている比較的新しいLarriveeの音の傾向で、これはこれで大変気に入っている。対して、古いL-31の音は加えて深みがあるというか、説明不能な魔力のような響がある。これが古いLarrivee全般の傾向だとするなら、僕の求めるべきはその時代の物に限るということになる。

 

 では、古いLarriveeと言ってもいつ頃の物か? L-31と同じなら少なくとも1980年代前半まで、ビクトリア時代なら1990年中盤頃まで(注:実際は1982~1992年はノースヴァンクーバー時代)、ということになる(バンクーバー時代になると音は現行に近いため)。ただ、古いLarrivee自体の玉数が少ないので、お目にかかる機会はめったにないのだが。 

 

 そういう理由から、古いLarriveeのTamborine Ladyは今でも変わらず僕の憧れのままだ。 

 

 

 1998年頃のLarriveeのカタログがある。C-10というモデルがあって、これは上位から2番目のグレードで初代L-28の後継ラインと思われる。インレイは「動物」。中でもフライング・イーグルのインレイはけっこう人気機種だ。「人」インレイである最上位の「72」シリーズは、使用材がAAAグレードとはいえ、見た目はインレイの違い程度なのに値段にン十万円の差がある。なので、この「10」シリーズがLarriveeに憧れる者達の現実的な目標と思われる。 

 

 さて、カタログには「C-10SP(Special)」というモデルが載っていた。「10」のグレードでインレイを「人」にできないのか? と思う輩はかなりいたに違いない。カスタムオーダー可能なので、実際に頼む人もきっと多かったに違いない。「C-10SP」は本体がC-10でヘッドのインレイに「人」が入ったまさに願望そのもの、文字通りスペシャルなモデルだった。

 

 ほう、こんなのもあったんだ――。興味を惹いた。そこにはTamborine Ladyもあったのだ。但し、すでに生産完了品。僕のギター再開が7、8年早ければもしかするとこれを買ったかも、という感じ。

 

 

 それが昨年、突然現れた。2年近くインターネットも含めて探し続けて1本も見つからなかったのに。僕の中では「Tamborine Ladyを一度手に入れた者は二度とそれを手放すはずがない」という根拠の無い思い込みがあって、だから市場に出ないものだと思っていた。なので、見つけた瞬間は見間違いかと思った。でも、見間違いではなかった。本当にあった~~~!!!!○×△□ 

 

 常日頃から「見つけちゃったら何を差し置いても買う物リスト」の最上位に君臨していたのがTamborine Lady。これで生活が苦しくなろうが仕方が無い。見つけちゃったのだから。 

 

………

 

 Larrivee C-10SP Tamborine Lady 1991年 カナダ・ビクトリア製。カタログは1998年頃のものだからC-10SP自体はそれ以前から作られていたことになる。しかも、これはわりと古めのビクトリア時代のものだ!(注:ラベルにはVICTORIAと書いてあるが、実際はノースヴァンクーバー時代のものである)

 

 傷はほとんど無い綺麗なコンディション。トップは経年でいい感じにあめ色になったシトカスプルース。 サイド&バックはローズウッド。そして――ヘッドには憧れのTamborine Lady。有り得ない、こんなのギターの装飾じゃない! 

 

 このTamborine Ladyは昔のカタログと違ってけっこうキツめの表情をしている。同じTamborine Ladyでも時代や個体によってかなりデザインは異なっているようだ。インレイ担当であるLarrivee氏の奥さんの気分次第ってところなんだろう。だからこのTamborine Ladyインレイは世界でこれ一つなのである 

 

 

 さて、僕の許へやってきたLarrivee C-10SP Tamborine Lady、これに前オーナーは完全な「指弾き用」のセッティングを施していた。極限まで弦高が下げられ、かつ1弦側が更に極端に低い。弾いて見ると、恐ろしくレスポンスが良く、かつ、きらめくような高音の響き、その余韻はいつまでも続くかのごとく――指で軽く弾いただけなのに。

 

 これは僕のLarrivee中でも一番レスポンスの良い小型のL-Liteを凌駕するものがある。よく見比べると、ボディ形状はヴァンクーバー時代のC-05と同じだが表板がわずかに薄い。これがレスポンスの良さの一因だろうか? ともかく、これはある意味正解のセッティングだ。これは確かにフィンガーピッカーにとっては極上の一品だと思う。なるほど、Larriveeがフィンガーピッカー御用達になるわけだ。

 

 しかし、僕はどちらかというとフラットピッカーだ。時にはハードなストロークプレイも好む。かつての初代L-28はそのどちらにも余裕を持って応えてくれる懐の深さがあった。だが、このC-10SPは、ストロークプレイでは音がビビる上に低音部の響が物足りない感じがする。こんな程度か? いや、断じて違うはず。

 

 このセッティングではこいつを鳴らしきることはできない、と見た。全然鳴り切っていない。こんなものじゃないはずだ。「弦高」と「鳴り」の関連について、何かで読んだ覚えがある。それは経験的にもわかっていることだが、弦高を下げると弾き易くなる反面、鳴りはスポイルされる。逆に弦高を上げると弾きづらくなるが、鳴りは良くなる。弦高をどの程度にするか、要は弾き易さと鳴りのバランスをどうするかということは、結局弾き手の好みの問題なのだ。その点、僕はLarriveeに関してはメーカー出荷時の設定でも十分満足を得られるので苦労はないのかもしれない。 

 

 ということで、C-10SPも「標準設定」に戻すことにした。弦高は手持ちのC-05 Eagle Specialを参考にして、サドルを換えてみた。現行モデルに使用されているTUSQ製のサドルを使用。これで弦高はC-05と同じ程度になった。1弦の極端な下がりも無くなった。

 

 弾いてみる――!!!これだ!!! 

 

 別物のように低音が鳴る。フルストロークにもちゃんと応える。なんという鳴りだろう。ボディ全体が震える。こうじゃなきゃ。 

 

 それでいて繊細なレスポンスは元のままだ。やはり弦高が低すぎたのだ。前オーナー、指弾きに特化させてこの鳴りを封印していたというのか?  だとすれば、もったいない。というか、16年前のこのギター、まだ音が良くなる余地が存分に残っているということだ。実に楽しみだ。 

 

 

 Tamborine Ladyという目に見える願いは叶った。音も申し分ない。だが――魔道とは終りなき道。 

 

 1980年代中頃はアコースティックギターの暗黒時代で、Larriveeも当然その余波を受けていた。だからこの時代にはLarriveeはエレキも製作していたのだ! その暗黒時代も終焉が訪れた1989年からLarriveeは再びアコースティックギター製作に力を入れ始める。僕の推測ではこの時にモデルの型番変更があったと考えている。初めて「C」の型番が付いたのがこの頃で、このC-10SPは割と初期のモデルということになる。ただ、すでににボディ及びネックの形状はその後のバンクーバー時代と同じである。 

 

 これに対して初代L-28のネックは形状や厚さが違っていた記憶がある(もっとゴロンとして分厚い感じ)。初代L-28の音の傾向がL-31寄りだとするなら、C-10SPの音はL-31とはまた違った傾向の音だ。だから、僕はまだ初代L-28の残像を消しきれないでいる。 

 

 初代L-28の音は記憶の中のもの。比較することは叶わない。こうなるとあとは1980年代前半までの古いLarriveeの鉄弦の音が聴いてみたい、という最後の魔道の扉を探すことになるのだろうか? 

 

 

<完> 

 


Larrivee C-10SP Tamborine Lady 1991
Larrivee C-10SP Tamborine Lady 1991

<<仕様>>

 表板:Solid Sitca Spruce 

 側・裏板:Solid Indian Rosewood 

 ネック:One-piece Honduras Mahogany 

 指板:Solid Ebony 

 下駒:Ebony 

 サドル・ナット:TUSQに置換