魔女は海を渡るか?  

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◆海の向こうに魔女を見た

 

 カナダ最大の都市トロント――Jean Larrivee氏がクラシックギター製作家としての第一歩を踏み出した、Larriveeギター創業の地だ。そこにTwelfth fletというLarrivee氏と古くから懇意の老舗楽器店がある。店のホームページのギャラリーには初期のLarriveクラシックギターが掲載されていたりして、以前から何度か閲覧したことがあった。

 

 2008年3月のある日――僕は何かに誘われるようにこのホームページにたどり着いた。この日の検索キーワードは「L-10」。

 

 前の年、Ramzy'zで1979年製Larrivee L-10の実物に触れて以来、L-10が気になるようになった。あらためて当時のカタログを見返すと、L-10は初代L-28の隣に並んで掲載されていた。L-28との違いはフローレンタイン・カッタウェイの有無のみので、グレードは同等。形状がカッタウェイではない分、こちらが鳴りが良いかもしれない。

 

 今までL-28の印象が強すぎてL-10の方はあまり気にしていなかった。しかしL-28が全く見つからない現状、探す対象にL-10を加えてもいいのかな、と思い始めていた。この時も何気なく打ち込んだ「L-10」の文字だったけれど、その検索結果は――そこには思わず目を疑うような文字と画像があった。

 

Larrivee L-10 serial# 100097 


 

 これは……? カタログに載っていたのと同じ、ファルコンのインレイのモデルだ。インレイの種類が多数ある中で、カタログと同じなのは珍しい。コンディションのランク9/10というのはnear-mint、未使用に限りなく近い状態だ。表板は焼けすぎておらず、木目が細かくて色むらも少ない、とても良い感じ。後付けでボディエンドとヒールエンドにストラップピンが打ってあるのが唯一オリジナルからの変更点と思われる。

 

 サイズの大きい詳細な画像を見ても傷等は見当たらない。実際、かなり程度は良いと判断できた。

 

 説明文には――1978年製。シリアル№97番?

 

   1978年はLarriveeの工房が、カナダ西部ヴァンクーバー市近隣のビクトリアという町に移転した翌年だ。衝撃のL-78も初代L-28も、当時のカタログに載っているのはビクトリアの工房の時代に作られたものだ。このL-10はまさに同年代。しかも「この時代の物で、今まで見た中で最も外観がきれい」だという。

 

――探していた初代L-28と同年代。しかも恐ろしく程度がいい。ストラップピンは、むしろ付いていてくれた方がありがたいかもしれない(自分ではおそらく穴を開ける決断はできない……)。

 

――値段も1,999C$(カナダドル)と「もし存在すれば最低でもこのくらいはするだろう」と考えていた額の2/3以下。多少高額な送料をかけたとしても、超お買い得であることは間違いない。

 

 これは明らかに「魔女」だった。直感が告げる。魔女の目に見つかってしまったのか、魔女を引き寄せてしまったのか?  そう。出会いはタイミングが重要だ。昨年のRamzy'sのL-10で身に染みてわかったことだ。資金は……こういう時のために少しずつ準備をしている。よし――。

 

 ここまで思いを巡らせて、はた、と我に返る。

 

 僕が見ているのはカナダのホームページ。そうだった。これは現実ではない。国境の壁の向こう、広大な太平洋のはるか彼方にある仮想現実とも思えるような世界の出来事だった。