究極の魔女が目覚める時  

 Next>


 究極の魔女とは、Guitar Book 1981年1月号に載っていた衝撃のLarrivee L-78。同時に、かつての日本版カタログの表紙を飾っていたタンバリンレディ。それは僕の永遠の憧れであり、遠い遠い夢の存在だった。長い月日が巡り、何の因果かその実物が間違いなく今ここにある。いまだに信じられない出来事だ。 

 

 2009年2月――とある日曜日、魔女がやって来た日。

 

 でも、夢の世界からやってきた現実の魔女は、言わば「ギターの形をしたオブジェ」だった。姿形は美しいけれど――。

 

 

◆究極の魔女の現実 

 

 おそらくは長期間展示されていて、ほとんど弾かれた形跡が無い。L-78は、過去に手に入れたL-31やL-10と同様の「眠り姫」だった。それはつまり、何かしら不具合があることの暗示だ。

 

 どのみち弾き具合の調整は必須なので、Ramzy'sで見てもらうことになるのだけれど、その前に自前で一通りのチェックをしてみると――残念ながらL-78にも、ギターとして機能するうえでの幾つかの不具合が見つかった。 

↑ラベルの直下の、ちょうど光があたっている辺りの力木に浮きがあった。
↑ラベルの直下の、ちょうど光があたっている辺りの力木に浮きがあった。

 

 最も深刻なのは、裏板のブレーシング剥がれ。ラベル下部のブレーシング(力木)が中央から向かって左側全体が浮いている。その1段下のブレーシングも同様に隙間があるように見える。

 

 ブレーシングはギターの骨格に該当する部分なので、これはギターの強度に影響が出る。実際、該当部分の裏板自体もいくぶん膨らんでいるようだ。大丈夫だろうか?

 

 他にもこのL-78には、過去に問題が発生し、修理した痕跡もあった。

 

 ただ、これらはある程度覚悟していた事態で、予想の範囲内ではある。恐れていた、楽器として致命的な故障は無さそうなのでまずは一安心だ。 

 

 さて――とりあえず、音を聴きたい。憧れ続けていた「究極の魔女」はどんな音がするのか? 想像するだけでわくわくする。とは言え、今の状況ではまともな音は期待できないけれど。 

 

 現状は1弦が無く、おまけに他の弦も錆びついて真っ黒だった。音を聴くには弦を交換しないと。まずは弦を外す。ペグを緩めても一瞬反応が無く、時間差で「ペきっ!」という感じで弦が動く。ほとんど固着していた。外すというより「剥がす」感触に近い。こういうのは何か、呪われて滅びた城を覆う古い蔦のイメージを連想してしまう。 

 

 

◆驚きの音色!? 

 

 現状のままで弦を張り、いよいよ弾いてみる。 

 

 音のイメージは頭の中にあった。長年想像の中だけで鳴っていたL-78の音――それが、近年手に入れた何本かのLarriveeの実際の音でリアルに補正されていた。かなり実際に近いイメージになっている自信がある。 

 

 固唾を飲む一瞬。はたしてどんな音が出るのか? 

 

 

 <<<<< シャリィィィィ~~~ン >>>>> 

 

 

 これは――鈴鳴り!? 

 

 予想では、L-10 Deluxe系の透明感のある音色の延長線上かな、と思っていた。間違いではない。でも、予想は大きく裏切られた。それも良い方向に。無造作に奏でた音には極上の「鈴鳴り」と言うべき響きが伴っていたのだ。 

 

 鈴鳴りとは、物理的には「倍音成分が多い音」ということになるのだろうか? いつまでも鳴り止まない余韻が心地よい。透明感の上に上品な色気が乗っていた。泣けるほど美しく豊かな音だ。 

 

 王者Martinの最上位機種D-45を弾かせてもらったことがある。その時初めて鈴鳴りとはどういう音なのかを理解できた。感動した。今、その鈴鳴りの響きがLarriveeからも出るとは! もちろんMartinの音ではなく、Larriveeの音で!

 

 

 かねてから疑問だった。型番のL-10とL-78、モデル名のDeluxeとPresentationとではインレイの豪華さに違いがあるとしても、それだけで? と首をかしげたくなるほどの値段差があった(約30万円)。理由は使用材のグレードの違いなんだろうけれど。でも、その差は見かけだけでは判り辛いものだった。 

 

 今、実感した。L-10とL-78とでは音の質がこれだけ違う。ただ、その違いはどちらが良い悪いではなく、結局は好みかどうかの問題になると思う。

 

 あと、音質だけではなく音量、鳴りも重要な判断のポイントなのだけれど――。L-78の方がL-10より鳴るか? というとおそらくそうとは言い切れまい。音色の良しあしと、鳴るかどうかはまた別問題だ。どのみち、このL-78は眠りから覚めたばかりで、しかも故障を抱えている状態。「鳴り」を判断するには無理がある。 

 

 とにかく、今の現状でこれだけの音! 明らかにL-10クラスの音とは差異がある。これが当時のLarrivee最高グレード、L-78の音なのか――。 

 

 もっと弾いていたいけれど、とりあえず初日はここまでにする。気になった裏板のブレーシング剥がれが、緊急を要する故障かどうか僕には判断がつきかねるためだ。間違って、弾いてる最中にバラバラになられた日には目も当てられない!  できればこのまましばらくは手元に置いて愛でたいところではあるけれど。 

 

 

 前日の土曜日――。仕事の進捗がおもわしくなく休日出勤しなければならなかった。その帰りに、Ramzy'sへ。

 

 N店長にはこれまでに何度も「衝撃のL-78」の話をしていた。今回の事の経緯を話すと、物静かで冷静な店長もさすがに信じられないといった様子。当然か……僕自身でさえまだ半信半疑な感じなのだから。

 

 それが翌日届く予定だと話すと、「ぜひ、見たいです!!!」と興味を持ってくれた。「眠り姫」だからたぶん問題有りでしょう、と、ここで前振りはしておいた。「まかせてください!」と、頼もしい返事ももらっていたのだけれど。 

 

 図らずもその通りの展開となるとは――。 

 

 

◆Ramzy'sにて

 

 それから、ハードケースを開ける余裕もままならないまま――。結局、手元にあっても触る暇がないことを再確認させられただけの一週間の後、Ramzy'sに持ち込んだ。

 

 「これが伝説の――初めて見ました。」ヴィンテージギターショップの店長でさえ見たことが無かったL-78。やはり希少ギターなのだった。

 

 ギタースタンドに立てかける。他のギター達の中に混じっても、L-78は明らかに異彩を放っていた。値段では桁が違う高額ギターが何本も並んでいる店内でも、その比類なき個性は際立っている。それゆえ、好き嫌いかがはっきり分かれるギターなのではないか? とも思うけれど。 

 

 

 一通り状況を説明した。 

 

 まず、問題のブレーシング。素人の僕が見ても明らかな剥がれが1ヶ所あった。それをプロが見た結果は……なんと恐ろしいことに裏板のブレーシングは全滅だった! 

 

 裏板のブレーシングは水平方向に4本あり、中央の縦のブレーシングと接合されているが、その4本全部、左右先端部に浮きがあった。酷い部位では中央部以外が全部浮いていた。剥がれはカッタウェイ部分を除く全個所! 裏板はほとんどフローティング状態で、ブレーシングは全く機能していないに等しい。

 

 重症だった。初日に軽い音出し程度で止めておいてよかった。

 

 

 その他は――幸いにも僕が見つけた以外の不具合は無いようだった。 

 

 感心したのがネック。実は、最も気にしていたのがこの部分だった。アジャスタブルではないSQロッドのワンピース削り出しネックに弦を張りっぱなしで眠り姫状態――。これは常識的に異常がない方がおかしい。ネックには何かしら問題あるものと覚悟していたが、なんと反りもねじれも無く全くの正常だった。これは奇跡? このギター、ネックに関しては「当たり」だ。 

 

 

 さて。差し迫った問題なければ当分はこのまま使おうと思っていたが、ブレーシングだけはそうもいかないようだ。緊急入院が決定した。「今、修理待ちギターが多数あるので――」と、長期入院を示唆されたが、全く問題はない。忙しいうちはどのみち弾いてやれないのだから、逆にいいタイミングだったかもしれない。