魔道記~外伝(魔モノ図鑑編)

 

 魔道記の本編は完結したが人生はまだまだ続く――ここからは、僕が愛用しているギター周辺アクセサリー・小物・グッズなどの「魔モノ」達を紹介するコーナーである。

魔モノ図鑑①~錆びない弦  

 

 時はまだ究極の魔女と出会う前の頃(2009年以前)。所有するギターの本数が増えるに従って、とある悩みが顕在化していた。

 

 それは、ギター弾きにとって宿命的な問題――弦が錆びることである。

 

 ギターに張った状態の弦は、弾こうが弾くまいが錆びる。そして、錆びた弦は音が悪いし指の滑りも悪いし手が汚れるし切れやすいし、いいことがないので定期的な交換が必須になる。僕の場合、頻度はギリギリ引っ張ってだいたい1ヶ月~2ヶ月に1回程度だった。

 

 これが、手持ちのギターが増えるに従い弦交換の負担が増大していく要因になるのだ。

 

 更には、毎日全てのギターを使っているわけではないので、何本かはスタンバイ、その他何本かは「休眠」となる。すると悲しいことに、この休眠ギターを久々に弾こうとすると弦が錆びている事態がよくある。特に、交換してあまり弾かないまま休眠させたギターの弦が錆びているとどうしようもない虚しさを覚えてしまう。全然弾いてないのにまた交換なのか――と。

 

 消耗品なので致し方無いのだが、安い弦を使ったとしても交換頻度が増せばコストが馬鹿にならないし、手間もかかる。

 

 そしてこのことはボディーブローのように効いてくる。弦の錆びたギターはだんだん弾かなくなるのだ。

 

 思えば、貧乏だった学生時代などは特に「弦か食事か」の二択を迫られたりしたこともあり、より深刻な問題だった。なるべく交換の頻度を減らそうとあの手この手を使った。弦をお湯で煮る、という都市伝説的な裏ワザを試したりもした。

 

 ――が、結局根本的な解決策はなかったのだ。太古の昔から、錆びない弦はギター愛好家達の夢だった。と言っても過言ではあるまい。

 

 それが解決したかもしれないらしいと知った。とうとう夢の錆びない弦が登場した――だと?

 

 

 救世主の名は「Elixir」。史上初の、所謂コーティング弦である。 

左:最新パッケージ 右:旧パッケージ
左:最新パッケージ 右:旧パッケージ

 僕がElixirを知ったのは、当時のLarriveeが標準で装備していたから。そしてElixirに興味を持ったのは「通常の弦の3倍~5倍長持ちする」という謳い文句の他に、発売元がゴアテックス社で、Elixirのコーティング素材がゴアテックスである点だ。

 

パッケージ裏面
パッケージ裏面

 

 

 ゴアテックスは空気と水蒸気は通すが水は通さない素材で、アウトドアのレインウェアなどに使われている。蒸れない、濡れない、快適なので僕も大いに愛用している素材だ。

 

 それが全く畑違いのギター弦に使われているとは。どういうことだろう? これで俄然、興味を持ったのだ。

 

 試しに使ってみる。するとこれが謳い文句通り、錆びない。いや、全く錆びないわけではない。左手で頻繁に押さえる部位やコードストロークでピックが当たる部位はコーティングが剥がれてそこから錆びるので、完全に無敵なわけではない。なるほど。

 

 実際どのくらい持つかというと、頻繁に弾いた場合は2~3ヶ月程度で音が死ぬ。と言うか、巻き弦のコーティングが剥がれてしまう。まぁ、これでも従来の弦に比べると「3倍~5倍長持ち」には違いない思う。

 

 これは確かに画期的なのだが、交換頻度が1ヵ月から3か月に伸びたくらいでは根本的な問題解決とまでは言えないのではないか――と思うかもしれない。確かに、頻繁に使うギターでは「その程度」の効果なのだが。

 

 しばらく使い続けてわかったことがある。実は、Elixirが真に効果を発揮するのは「弾かない」ギターに使った場合だったのだ。そう。Elixirは、正しくは「休眠ギターの救世主」と言えるのである。

  

 事実、弦交換直後から弾かずに2年以上休眠させていたギターが、Erixil弦だと見かけは全く劣化しない(もちろん、弦はゆるめて保管)。音もほとんど劣化していない、というか普通に新品同様の良い音で鳴る。凄い。まさしく驚異のロングライフである。

 

 これが、たまにしか弾かないギターを多数所有する僕のような者にとっては特に助かる点だ。久々にケースから出して弾こうと思ったら弦が錆びて真っ黒……という事態が完全に無くなったので。

 

 ちなみにElixir弦がどれくらい錆に強いのか。使用済みの巻弦を真冬の屋外で針金の代わりに半年使ったことがあるが、これがコーティングが生きている部分は全く錆びなかった。ゴアテックス恐るべし! である。

 

 

 さて、良いこと尽くめのようなElixir弦だが、もちろん弱点もある。

 

 まず、値段が高いこと。通常の安売り弦の2~3倍はする。ライブなどで頻繁に弦交換を行うような使い方をする場合は割に合わないだろう。

 

 悲しいのは弦が切れた時。高額なだけに、寿命を全うせずに使えなくなるのが最も痛い。特に交換して間もない時に切れると泣く。Elixir弦も切れる頻度は通常の弦と変わらないのである。おまけにこの悲劇はより高額な巻弦(特に3弦)に起き易いので厄介だ。バラ売り弦を買うととさらに割高になったりする。

 

 もちろん、音が気に入らない、指ざわりがしっくりこない、などの理由で敬遠する人はいる。そこは好みの問題だと思うが。

 

 僕は音も指ざわりも気に入っているので好んで使っている。音は、ノン・コーティング弦より経年変化の度合いが少ない。新品でもギラつかず、張って数日から丁度よいおいしいトーンの状態が長く持つ。その後の音質劣化がゆるやかなのも気に入っている点だ。

 

  

 その後僕は長い時間をかけて全てのギターの弦をElixirに替えた。裏ワザとして、しばらく使う予定のないギターになら使用済みのElixir弦の再利用も可能だ、と気付いたからだ。実際、あまり弾かないギターにリサイクル弦を再利用することで、コストは一般弦を使うよりはるかに抑えられている。弦が切れた時に再利用弦でまかなえることさえある。

 

 酷い時はおさがり弦を3回も使いまわしたこともある。なんと寿命は数年超! さすがに引っ張りすぎの例ではあるが、これでも音の劣化を気にしなければ普通に弾けるところが恐ろしい。

  

 こうして、僕の手持ちのギターについては、いつ、どの弦をどのギターに張って、いつ外したかを管理することで、おさがりElixir弦をローテーションするシステムが出来上がってしまった。

 

  現在2桁に達する数のギターを所有している僕のギターライフにとって、もはやこのElixir弦はなくてはならない重要なアイテムの一つなのである。

 

  

 

 最後に、Elixir弦についてもう少し補足しておく。Elixirは革命的な弦だ。しかも、発売当初から今現在も進化し続けている。

 

 最初に買った当時、Elixirからは2種類の仕様の弦が発売されていた。いずれもアコースティックギター用のブロンズ弦で、1997年発売のElixir第1号のPOLYWEBと、1999年発売のNANOWEBである。NANOWEBは強度を変えずにコーティングをPOLYWEBの1/3ほどにしたものだ。

 

 音と指ざわりの問題はゴアテックス層のコーティングの厚さに起因する部分が大きいと思われるのだが、Elixirが世間に認知されるようになったのは薄いコーティングのNANOWEBが発されてからだ。

 

 ただ、当初は3弦~6弦の巻弦こそコーティング弦だったが、1、2弦のプレーン弦は普通の鉄弦だったのでこちらが普通に錆びた。これが後にプレーン弦もAnti-Rust(アンチ・ラスト=サビ防止)仕様になったおかげで、ほぼ錆びなくなった。ここが大きな転換点だと思う。これによってElixirは本当の意味で「錆びない弦」の称号を手にしたのだ。

 

 この後、アコースティック弦にはフォスファーブロンズ弦が追加され、さらにはエレキの弦も発売された。

 

 弦の太さも様々な種類がラインナップされ、より「痒い所に手が届く」ようになった。1、2弦がミディアム仕様のHDライトとか、巻弦側のみミディアムのライトとか。

 

 近年はコーティングがさらに薄い「ノン・コーティング弦のような弾き心地」を謳ったOPTIWEBが登場した。ただ、これは今のところエレキ弦のみの仕様だ。アコースティック弦でも出ることを望む次第である。

 

<錆びない弦~完>

2021.8.29

バラ弦のパッケージ
バラ弦のパッケージ

<<Elixir弦>> 

普段使っているのはNANOWEB。

 

LarriveeC-05(裏横板がマホガニー)には80/20 BRONZE弦のLight、それ以外(裏横板がローズウッド)のギターにはPHOSPHOR BRONZE弦、太さはLight、HDLight、Light-Medium、Mediumあたりをその時々に応じて使い分けている。