魔道記アーカイヴ

仔Larrivee救出作戦 ―2005年10月―  

■指弾きは面白い

 

 2005年夏――二代目Larrivee(C-05 Eagle Special)がやって来て半年。傍らにLarriveeのある至福の日々が続いていた。初心者レベルに退化していた指弾きもかなりマシになってきた。指弾きは元々があまり踏み込んだことのない分野だ。練習自体がけっこう新鮮で、続けるうちに徐々に興味が湧いてきた。

 

■Larriveeの近況は

 

 ところで近年のLarriveeには昔は無かったようなモデルが色々ある。調べていてよく目についたのが小型のParlor(パーラー)シリーズ(※1) だ。Parlorというのは本来は「客間」という意味でパーラーギターとは客間用のギター、転じて小型サイズのことを称するらしい。 Larrivee Parlorは材料に妥協せず、装飾と塗装を簡素化して価格を抑えているとのことで値段の割にとても音がいい、という評判。 これくらいの大きさだと指弾きにちょうどいいんだろうなぁ、と魔物がささやく。いや待て。Larrivee Parlorは形がウクレレっぽくてどうも僕の心には刺さらないのだ。 

 

※1:この廉価版のLarrivee Parlorシリーズも2005年当時は生産完了となっていたらしい。この頃のLarriveeはモデルチェンジのペースが速すぎるきらいが見受けられた。これでは「廃番病」を誘発する危険が……。

 

■気になる「L」シリーズ

 

 どちらかと言うと、Larriveeのオリジナルなボディ型である「L」シリーズが気になっていた。「L」とは「C」のカッタウェイ(欠け)が無い型、逆に言うと「L」のカッタウェイ・バージョンが「C]。つまり「L」も「C」もLarriveeオリジナルの型で、中でも「L」が基本の型なのだ。 最初に受けた鋭角なカッタウェイの印象があまりに強すぎたせいで見過ごしてきたが、「L」って実はとても美しい。 

 

■「D-Lite」って何だ?

 

 ある日ヤフオクで「D-Lite」というモデルを見かけた。何だ、これ――。LarriveeにもMartinのドレッドノート型と同じ「D」というシリーズがある。 「D」には興味がなかったのだけれどこの「D-Lite」は「D」の小型モデルらしい。「小型」というキーワードが気になってLarriveeのホームページを調べてみると、Liteシリーズについての説明を発見した。それによると 

 

『90年代後半に展開されていたシリーズ(現在は廃番)である。装飾は簡素で、大きさは標準サイズと比較して全ての面で1インチ小さい』

 

――とある。 つまり、同じ「小型」でもParlorは形状から何から独自デザインだが、Liteは既存のボディタイプを全体的にほんのひと回り小さくした感じだと。 なるほど。 

 

■魔道の予感が

 

 ところがその続きに気になる記述があった。

 

『Liteシリーズには3タイプのボディスタイル、D、L及びOMがある』 

 

 何? つまり「L-Lite」というモデルが存在するということか。初耳だ。それは見たことがない。ちょっと危険な予感である。まさに今気になっている「L」と「小型」が一緒になったモデル?  どんな姿形なんだ(←だから「L」の小型!)あり得ないなぁ。 

 

■希少種? それとも不人気?

 

 インターネットで調べてみてもなかなかヒットしない。よほど玉数が少ないか知名度が低いに違いない。だいたい、実在するのか? という疑問さえある。 やがて、かろうじて何かの文章の中に発見できた。誉めていた。とても良いらしい。うん、どうやら本当に実在することまではわかった。 だが、僕の見たいのは実物、せめて画像でも! 

 

 しかし、ネット検索でさえ現物が見つからない何年も前の低人気廃番モデルなんて、今更騒いだところでどうなるものでもない。画像くらいならそのうち見つかるだろう。そんな軽い気持ちで調査終了――となるずだった。 

 

 時に魔道は素敵ないたずらを演出することがある。罠にかかった獲物がもがくのを楽しむかのように。 

 

■予期せぬ不意打ち

 

 二代目Larriveeを探す時、地元の楽器屋は隅々まで全部チェックした――と思っていたのだが、「L-Lite」の存在を知った何日か後で、盲点のようにチェックを忘れていた楽器屋を1軒思い出した。 そういえば、という感じでたまたまそちら方面に用事ができたこともあり、ついでに寄ってみるか、と軽い気持ちで行ってみた。 

 

 こういう時の不意打ちって強烈だ。壁に並んだギターの中に一目でLarriveeとわかる1本があった。近づいてみる。目を疑った。なんと、値札に記されたモデル名は「L-Lite」ではないか! 

 

■ペットショップの育ちすぎた子犬の運命は?

 

 中古楽器屋ではないのでそれは新品のはずだ。だが、20世紀中に生産完了になったギターがなぜ今ここに? どこかの死蔵品を最近仕入れたのか? 

 

 二代目Larrivee C-05 の場合は5年間店頭に飾られた後に僕の所にやってきた。その間、店内の照明に照らされ続けた結果、表板は軽く焼け(いい感じです)、サドルとナット(TUSQという人工象牙製)には素材特有の変色がある。眼前のL-Liteにもまったく同じ症状が見受けられた。こいつも長年ここに飾られているのだと確信した。だとするとその期間は短く見積もってもやはり5年か。

 

 お前、そんなに長い間ずっとここにいるのか。 

 

 頭の中が真っ白になりつつあった。幸い、用事で時間もなかったのですぐその場を脱出して事無きを得た。あぶないあぶない。冷静にならなきゃ! 

 

■どう転んでも

 

 あり得ない――どう考えてもあり得ない。タイミングが良過ぎじゃないのか? 今までの経験上、これはもう魔道の罠に間違いない!

 

 こういう時、今までは無条件に魔道に屈服するケースがほとんどだった。悔しいので今回はちょっと抵抗してみることにする。ダメージを負うのは財布だ。予算も何もないところに魔道が突然やってきては多大な支出を強要するのである。 今回も当然、これ用の予算など無い。が、都合の良い(悪い?)ことに「金喰い車」を手放したおかげで実は車検代予算が浮いているのだった。 

 

 浮いていると言っても乗り換えた軽自動車の車検がやがて来る。それ分を差し引いた差額+α(小遣い)くらいなら予算計上可能だ――と言うか「予算」なんて言ってる時点ですでに魔道の思うツボではないのか。だって「買わない」という選択肢が既に消えていないか? 悩んでいるのは「どうやって資金をやりくりするか」になっているし。 

 

 悔しいが認める。今回も魔道の勝ちだ。あの仔Larrivee、きっと僕に救出されるのを待っているんだろうなぁ(←妄想です)。

 

■攻防ラインは

 

 翌週――。

 

 作戦は固まった。前回不意打ちを喰らった時はちゃんと確認しなかったが値札の値段は憶えている。定価に近い表示だった。強気である。攻防ラインは「3割引」と決めた。そこが予算ギリギリのラインなのだ。厳しい戦いになる、と読んでいた。大事なことを忘れそうだ。値段もそうだがまず状態も確認しないと。

 

 危険なのは背後からの「良かったら弾いてみませんか」攻撃だな。それと物欲しそうな印象を与えてはいけないぞ。と、慎重に店内に侵入する――。 

 

■またしても不意打ちが

 

 「売れた」なんて事態は想像もしていなかった。が――無い!

 

 先週確かにあった壁から仔Larriveeの姿が消えているのだ。ショック!!! だが、これはこれで良かったのかな? 魔道に堕ちなかったということで――。と、複雑な気分で何気なく足元に目をやってビックリ。床にもギタースタンドに立てられたギター達が多数並べられているのだが、なんと、その中に仔Larriveeがいるではないか! 陳列配置が変わっていたのだ。 

 

 おぉ、てっきり売れたと思った直後のどんでん返し。思わず駆け寄った。前回はちゃんと見る暇がなかったので今度はじっくり確認することにする。仔Larrivee、いやL-Lite。その形はまぎれもなく「L」ボディ。だが、確かに小さい。飾り気はなく、つや消しの塗装とも相まって全く素っ気無い印象を受ける。地味だ。しかし、そこが逆にいいかも。外観は目立つ傷もなくきれい。表板・ネックの状態も見た感じは問題なさそうで――。 

 

 と、そこに背後からの声が

 

「良かったら弾いてみませんか?」 

 

――しまった!

 

■敵の先制攻撃

 

 配置を変えて動揺を誘う、という予期せぬ罠にまんまとはまり、背後の注意がおろそかになっていたようだ。なんとか冷静を装って振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべて店員が立っていた。僕がL-Liteに見入っている一部始終を観察してタイミングを計っていたに違いない。逃げ道を与えないその絶妙のポジション――こ、こやつできる! 

 

「そう、ですね……」 

 

 まずは体勢を立て直そうと曖昧な返事を言いかけた。そこへ間髪いれず 「ではチューニング合わせて来ますのでそこの席でお待ちください」と素早くL-Liteを取り上げてその場から持ち去ってしまった。その店員、かなり丸い体型からは予測不能なほどの早業である。呆然と立ちすくむ僕――。

 

 出鼻をくじかれた格好だが、戦いは始まったのだ。 

 

■撤退不可能!

 

 まずは一番大事なポイント。音はどうなのか。心を落ち着けて待っていると程なくチューニングが完了したL-Liteが戻ってきた。 

 

「どうぞ」 

 

手にとる。軽い。爪弾いてみる。 

 

! 

 

 どうもLarriveeに関する限り僕の予想はかなり正確らしい。ほぼイメージ通りの音色。これは文句なく素晴らしい。これで戦線撤退可能な最終ラインは踏み越えたようだ。いよいよこの仔Larriveeを連れて帰るための戦闘を開始しなければならない。 

 

 ところがここでも店員の先制攻撃。僕の試奏中、あ、いきなり電卓を取り出して――何を計算しているんだ? まだ何も言ってないぞ。

 

■思わぬ展開に

 

「この値段でいかがでしょう?」 

 

電卓に表示された数字はちょっと意外なものだった。 

 

「ぉ!?」 

 

面喰う僕に向かって店員は言う

 

「展示期間長いんで処分価格ということで」 

 

 この店の性格上、通常商品が破壊価格になることは考えにくい。それを考慮した上での攻防ラインだったのだが、提示された価格はすでに「3割引」を大きくクリアしていた。なるほど――読めた! 

 

 壁から床に降ろされたのは処分品に降格したためだった。育ちすぎた子犬はもうまともな値段では売れないのだ。聞くと予想に違わず、5年間店頭に飾られていたのだそうだ。――にしてもよく今まで処分しなかったものだ。まるで僕が今日買いに来るのを予測していたかのようなタイミング。やっぱり、あり得ない。

 

■あと一押し!

 

 完全に気勢を削がれていた。あれだけ事前に作戦考えたのに、現れた敵はいきなり白旗を上げてきたのだ。嬉しいんだけれど、なんか悔しい。

 

「え~と、このカード持ってるんだけど」

 

ここで僕はおもむろに切り札を出す。事前にこの店のホームページは調査済み。提示すれば更に割引きになると謳っている親会社系カードを僕は持っていた。まぁ、通常価格での話だとは思うけれど、先に値段提示してきたのは店側だし。

 

 一瞬たじろぐ店員。明らかに想定外の攻撃だったに違いない。が、カードの優待特権は意外と強いらしく再び電卓を叩くと 

 

「では、これでいかがでしょう? 目いっぱいです」

 

と言うか最初の提示もすでに採算ラインぎりぎりだったのだろう。再提示額は先ほどからほんの「気持ち」という感じだが、安くはなっていた。

 

 終戦ムードが漂う。これ以上値段交渉の余地はないと判断し、その再提示額で同意が成立した。店員の表情がふっと緩む――。

 

 だが、ここで最後の一押し

 

「ハードケースも付くんですね?」 

 

■救出成功……だが勝者は?

 

 値札には明確に「ハードケース付属」と書いてあった。それを確認した店員は「えぇ、もちろんです」と即答。本当かなぁ。僕はL-Liteに付属するのがハードケースではなくギグバック(ソフトケース)であることも調査済みで――。

 

 別に意地悪するつもりは毛頭なかった。僕の調査が誤りで実はハードケースが正解ということもある。嘘偽りが記載されているはずないし。

 

「申し訳ありません。これは間違いで付属はソフトケースでした」

 

倉庫を探してきた店員はそう言って頭を下げた。いや、それなら別にいいけど、と思っていると

 

「ですが、こうして書いてある以上はハードケース付けます」 

 

なんと! 

 

「もちろん、元々のソフトケースも当然付属します」 

 

結局オリジナルのギグバックの他にハードケース、更にはElixirの弦まで付けてもらった。大勝利と言っても過言ではない。

 

 こうして僕は想定以下の最小ダメージで仔Larriveeを見事奪還したのである! 乾杯! でも、ちょっと待て。そもそも「買った」こと自体が敗北にならないのか?

 

……

 

 何はともあれ我が家にやってきた仔LarriveeのL-Lite。"親"はスペック的にもL-03MH(サイド・バックの木がマホガニー)ではないかと思われる。長年のホコリを払い、弦を新品のElixirに交換してやる。さぁ、お前の実力は?

 

■L-Liteの実力

 

 結論から言うとこいつは想像以上のポテンシャルだ。小型であることの長所が随所にみられる一方で、弱点と思われた「鳴り」が予想外に良い。音色は美しい近代Larriveeサウンドそのもので完璧に僕好み。値段を考えるととんでもい性能だ。音だけは妥協しないぞ! という姿勢が現れているように思う。 

 

 この実力で不人気だったことがとても解せない。時代的に小型のアコギに対する注目度が低かったのだろうか? 今出せば状況は全く違うだろうに――って、それがParlorシリーズか、と納得。 

 

 さて、L-Liteは極小レベルでの弾きに対する反応が特に素晴らしいので、やはり指弾きに向いていると判断した。ピックガードもついてないことだし。夜、ソファに沈み込んでポロポロと弾いていると、なんともいえない至福の音色に包まれて行く。まるで麻薬だ。いつまでも手放せずにそのまま一瞬眠りに落ちてしまうこともある程である。

 

 こうしてL-Liteのおかげで加速度的に指弾きを練習するようになった。そして――ご存知のように、こういう時はもう次の魔道が目の前に迫っているのである。 

 

 

<完>

 


Larrivee L-Lite 1997
Larrivee L-Lite 1997

<<仕様>>

 表板:Solid Sitka Spruce 

 側・裏板:Solid Mahogany 

 ネック:One-piece Mahogany 

 指板:Ebony 

 下駒:Ebony

 サドル・ナット:TUSQ

 

通常サイズより一回り小ぶりなLITEシリーズは1990年代後半に作られていた最も廉価なシリーズである。 

仕上げ部分をとことん簡素化したために見てくれは驚くほど質素だ。ヘッドの"Larrivee"ロゴ以外は一切の装飾無し。指板のポジション・マークさえ無い……。

 

そのかわり、材質はオール単版&ワンピースネックといった 音に関するスペック的な部分に一切の妥協はなく(材のグレードはさすがに多少低いかな?)弾いてみるとその繊細な音色に驚くことになる。あえて弱点を挙げるとペグが小型なせいかチューニングが若干狂いやすいくらい。板がやや薄いせいか、最初から良く鳴ってくれている。フラットピッキングと、主にフィンガーピッキング向きである。