魔道記~外伝(非・魔物ギター編)

1982年Morrisの真実に迫る 

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2021年――暑い夏である。

 

 大きなモチベーションだった初代魔女を探す旅が終わった。今現在、初代魔女と過ごす日々は満たされているけれど――

 

 大きな目的を達成したのと同時に、同じくらい大きな楽しみが失われたことに気付くのである。ああ、これは贅沢な悩みかもしれない。それでも人生は続く。

 

 こういう時は一度、原点に還ることが必要かなと思う。

 

 

 僕にとっての原点――最初のギターは、中3の時のMorris W-20(1979年)だった。思えば弾きづらく、音も良く無くて、そのせいだけではないと思うが高校時代は全く上達せず、ヘタクソだった。学祭に出てモテたい! などという大それた密かな野望は当然のごとく妄想のままに終わった。

 

 ちゃんと真剣に上手くなろうと思ったのは、大学でLarriveeを手にしてからだった。そして最も練習しているのは再開後から現在までかもしれない。これは単純に使っているギターのせいだろうか。

 

 

 技術系の趣味の上達の秘訣は、個人的に「やる気、道具、回数」が大事だと思っている。まず、やる気があってたくさん練習するのは当然として、その時に大事なのは道具だ。

 

 ヘンな道具を使っても上達しないばかりか、やる気を失くして辞めてしまう事態になりかねない。経験上、本気で上達したいなら使う道具はちゃんと「上達できる」ものを選ぶ必要があると思う。

 

 とはいえ、当時は道具であるギターの選択肢はほとんど無かった。選ぶ余地はなかった。

 

 どういうことかというと――。

 

 少々専門的な話になるが、一般的にアコースティックギターのグレードを決める最も大きな要因は、使用する材の構造・種類だ。特に、ボディ位は表板、裏板、側板の三つの部位で構成されていて、これらにどんな材を使用するかポイントになるのだ。

 

 まずは材の構造が単板か合板かの違い。一般的にはこれが最も大きな要因だ。

 

 単板は一枚の木の板で作られていて、強度は劣るが音の響きが良い。合板は何枚かの板を重ね合わせて作られる、いわゆるベニヤ板だ。強度は高いが音の響きは良くない。値段は単板の方が合板よりも高価だ。

 

 そして、これらの材の各部位での使われ方である程度グレードが決まる。

 

 具体的にはグレードの低い方から

 

 オール合板 → 表板のみ単板 → 表板と裏板が単板 → オール単板

 

 の位置付けになる。

 

 

 これを踏まえた上で――

 

 僕がMorris W-20を買った当時、どのメーカーもエントリークラスの4万円台までのギターのほぼ全てが「オール合板」だった。これが理由。予算内では他の選択肢はなかったのだ。

 

 初心者だから丈夫で扱い易いのはいいとして、上達できる道具としてはせめて表板単板のギターを使った方がいい。というのは、音質に最も影響するのが表板だからだ。

 

 オール合板はレスポンスが悪く、ちゃんと弾けているかどうか出音ではわかりづらい。これに対して表板が単板になるだけでかなり違う。単板はちゃんと弾ければ、ちゃんとした音がでるのだ。

 

 表板単板かどうか。ここが「上達できるギター」の分かれ目。なのに、当時のエントリークラスではその選択肢自体がなかったのである。

 

 

 選択の余地が出たのは皮肉にもフォークブームも末期を迎えた頃だった。

 

 1981年後半からMorrisはラインナップを一新した。そこに初めてエントリークラスにも表板単板モデルが導入されたのだ。画期的だった。

 

 

所有しているMorrisカタログ(1982年11月)
所有しているMorrisカタログ(1982年11月)

 

カタログに載っている、~4万円台の表板単板モデルは下記3種類。

 

<WシリーズのW-40までの「TF冠なし」モデルが新たにMDシリーズとなった>

MD-520 35,000円

MD-525 40,000円

 

<音質重視がコンセプトのMVという新シリーズがラインナップされた>

MV-701 30,000円

 

 

 大きな方針転換とも言えるこの背景を考えると――

 

 それまでのフォーク・ブームで猫も杓子もギターを買った頃、エントリークラスは生産が追い付かず、最低限の品質で弾きやすさや音質は二の次だった。圧倒的な売り手市場に驕ったかのように巧妙な値上げもあった。あからさまな値上げではなく、同じ型番でもグレードを下げた仕様に変えての実質値上げだ。例えば前のカタログのW-50の仕様がW-60となって1万円アップ、一方、それまで表板単板だったW-50自体はオール合板仕様にグレードダウン――巧妙な値上げ策なのかと思う。それでも売れていたから許された手法だ。異常とも言えた1970年代末期である。

 

 それが、ブーム末期で急に売れなくなり身の丈に合った生産数になったからか、やっと品質に、音に拘れるようになったのだろうか。というよりはおそらく、ブームは去ったのにあえてギターを弾きたいという本気の客相手には、ちゃんとしたモノを作らなければ売れなくなったのではないか、と推測する。

 

 

 高校3年だった1982年にこの新ラインナップを知り、大いに興味をそそられたが、残念ながら次のターゲットはもうエントリークラスではなかったので、これらを実際に弾いてみる機会はなかった。

 

 もし、僕がギターを始めた中3の頃にこれが出ていたら、これらのどれかを買っていたかもしれない。そうすれば当時もう少し早く上達できて、高校時代には夢の学祭のステージへ――そんなふうに僕の初期ギターライフも少しは良い方向に変わっていただろうか。妄想は尽きない。

 

 で、実際のところ、これらのギターは本当に「上達できる」ギターなのだろうか。

 

 気になる。大いに気になる。今さら初心者向けギターに興味を持ってどうする、と思いつつも、こんなことを真剣に調べ始めたらミイラ取りがミイラになる確率も急上昇するわけで――

 

2021.8.16