初代魔女の幻を追う  

 Next>


 2008年晩秋――。ギターを再開してからすでに4年が経っていた。ずいぶん長い年月のようであり、また一瞬にして過ぎた時のようでもある。 

 

 ギターは究極の一本を一生弾き続けるものだ、とギターを始めた頃はそう考えていた。それが、この4年の間に複数本のギターを所有しているなんて考えてもみなかった。 

 

 絶対本命は昔も今も「Larrivee」だ。ギター再開後の僕はLarriveeで究極の一本、いわば「究極の魔女」を探すつもりだった。けれどもギターとの出会いもまた、人とのそれとよく似ている。究極の一本を探す旅の途中で、たまたま縁のあった何本かは僕の許にやって来て、またその中の何本かは僕の許を去っていった。

 

 

 発端は、全てにおいて未熟な学生時代に、ほぼ究極に近いLarriveeと出会ったこと。

 

 当時、2万円の国産Morrisギターしか所有していなかった僕が、いきなりこのLarriveeを手にした時の衝撃は、おおげさではなく、落雷にも匹敵するかのような凄まじいものだった。なのにそれを不本意にも1年足らずで手放すはめになってしまった。この時の苦い思いが、今日に至っても終わらない、魔道とも言えるギター探しの根源であることは間違いない。

 

 最初に手にしたその「初代魔女」がL-28 Deluxe Cutawayだ。このギターは言いようもなく美しかった。それは美化された記憶ではない。その音は20数年の時を越えてなお僕の心の奥底で響いている。「究極の魔女」探しとは、突き詰めると、この初代L-28の幻を追いかけることに他ならないのだった。ただ、その初代魔女は僕の手許を離れた後は海外に売られたということで、おそらく二度とはお目にかかれまい。 

 

 そして、ギター再開以降本当の「究極の魔女」と呼べる存在にはまだめぐり合えていない。はたして、Larriveeの「究極の魔女」探しは永遠に続く魔道なのだろうか――。

 

 

 この年の春にやってきたL-10 Deluxeは、特に昔から思い入れのあったモデルというわけではなかった。これが、すんなり究極の魔女認定とはいかない理由だ。でも、実力的には究極の魔女になり得る存在ではある。ただ、僕自身がそれを認めるには、方を付けるべき大きな問題があった。そして今こそ決着をつけるべき時でもあった。

 

 方を付けるべき問題とは、初代魔女と同等のL-28が今後見つかる可能性を見極めること! そして「決着」にこだわっているのは、現実世界の時間的制約によるものだ。

 

 なにせ、もうかれこれ実質4年も探し続けている。それも、日々かなりの時間を費やして。それでも初代L-28に近いと思われる個体を一度も見たことが無い。そろそろこの終わりの見えない作業にはどこかで区切りをつける必要があったし、4年という期間はそれにふさわしいと思えた。

 

 

 そもそも、初代L-28とは実際はどんなギターだったのか? 肝心のその正体があやふやなことが終着点が見えない原因の一つでもあったのだ。

 

 まず、その姿は古ぼけた1枚の写真と僕の記憶の中にしか残っていない。

 

 唯一はっきりしている事実は、入手した年が1984年ということのみ(ということは製造年はそれ以前)。その他は――。

 

・ラベルが、当時持っていたカタログのもの(クラシックギターを上から見た図柄)とは違って、シンプルな対の天使の絵だった。 

・ペグはクロームのグローバー インペリアル。L-10 Deluxeと同じものだ。

・ヘッド・インレイは「鳥」。人気のある代表的な「イーグル」ではなく、僕のL-10の「ファルコン」でもない。

 

 中でも、最大の謎は鳥のヘッド・インレイデザイン。詳細は記憶になく、写真でも判別できないうえに、これだ、と思える画像も全く見つからないのだった。よほどイレギュラーなデザインだったのだろうか?

 


 当初は「L-28」というキーワードだけで調べていたけれど、ヒットする情報が少なすぎて埒が明かなかった。たまたま特徴の似た古いLarriveeを見つけても、「いつ」「どこで」製造されたのか判定する術もなく――そんなことを繰り返すうち、実は調べるべきはL-28に限った仕様ではなくて、この時代のLarriveeギター全般の仕様変遷なのではないのか、と悟るに至った。

 

 Larriveeギターの仕様変遷。その調査には困難な未曽有の作業が予想された。愛好家の多いMartin(マーティン)やGibson(ギブソン)と違って、歴代Larriveeに関する本や資料なんて何処にも存在しないのだった! それならば――。

 

 そんな経緯で、自力でLarriveeギター変遷史を編む作業が始まった。それが2005年、L-31 Classicalがやって来て間もないころ。

 

 

 こういう時こそ、インターネットの時代で良かったと思う。当然と言えば当然だけれど、Larriveeにも公式のホームページが存在した。何はともあれ、まずはここからだ。 

 

 Larriveeのホームページを見ると、幸いなことに、ちゃんとLarriveeの「歴史」が載っていた! 

 

↓Larrivee公式ホームページの中の「About Larrivée」のページ (英語)

https://www.larrivee.com/about-larrivee 

 

  これはありがたい。なんだ、調べるまでもなく、ここにあるじゃないか――勇んで読んでみると、残念ながらここに載っていたのは「Larrivee社」の歴史だった。その時々に作っていた個々のギターに関する記述はない。惜しい!

 

 しかし、辿るべき道筋が公式に示されているのではないか? ここに書かれている歴史に照らし合わせて、それぞれの時代にどんな仕様のギターが作られていたかを調査していけば――。 

 

 やるべきことが具体的になった。でも、それには膨大な数のサンプルが必要だった。

 

――手持ちのカタログ、雑誌記事、書籍、所有しているLarriveeギター、それに、インターネット! とにかくインターネット上に落ちている古いLarrivee情報を片っ端から拾いまくった。

 

――楽器店ホームページ、オークション、個人所有の機材、愛好家のホームページ、ブログ……。

 

 膨大な情報の中から、数少ない有益な情報を丹念に洗い出して……少しずつ詳細が明らかになって行った。 

 

 そして2008年11月、ついに完成したのが、独自のLarriveeギター研究資料「Report of Larrivee Guitars」だ!

 

Report of Larrivee Guitars 

 ここには古い時代のLarriveeの歴史と、特に1970年代後半~1980年代Larriveeギターの特徴や製造年の見分け方の詳細、それに、ありったけのLarriveeに関する情報が詰まっている。なんだか、当初想定した以上のボリュームの資料となってしまった感はあるけれど。

 

  そして――ついに初代魔女L-28 Deluxe Cutawayの正体が明らかになる!