最後の魔女  

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 2016年――ギターを再開して12年。

 

 魔道記とは、学生時代に見たLarriveeギター、僕にとっての「究極の魔女」を探す旅。そして、不本意に手放してしまった最初のLarrivee「初代魔女」の影を追う旅。

 

 旅と言うからには終わりがある。当初の目的を果たすか、逆に失敗、もしくは時間切れとなるか。

 

 2009年。魔道記の本編は「究極の魔女」の出現という予想を超えた出来事(事件)で一つの結末を迎えた。2012年には、外伝として伝道師から魔獣も譲り受けた。これ以上望むものがあるだろうか。

 

 それから4年――そろそろ本当にこの旅を終えてもいいかな、と思い始めていた。時間には限りがある。たった一つの心残りと言えば、言うまでもなくあの初代魔女のことだけれど、その正体には限りなく迫り、かつ、全く同一仕様のものに巡り合える可能性はほぼない、という結論はとっくに出ている。

 

 明確な終わりを宣言していないだけで、実質、魔道記はとっくに終了しているのだ。

 

 でも――。

 

 明確な終わりのためには何かイベント的な出来事があってしかるべし、という思いがあった。それは単に思っていただけ――予感――第六感――。だから「それ」がやって来るのを心のどこかで待っていたのかもしれない。

 

 

 2016年10月――唐突に「それ」はやってきた。

 

 見た瞬間にわかった。これは初代魔女。あまりにイメージ通りで、あまりに自然に目に飛び込んできて、逆に何の驚きもなかった――それは、とある日のヤフオク。

 

 驚きは時間差で襲ってくる。でも、何だろう、いつか来ることはわかっていて、そのための場所は心の中に常に空けてあって、その時がたまたま「今」だった――というように。それが全て予定されていた出来事のように感じていた。

 

 改めて画像を詳しく見る。間違いない。初代魔女と同一年代、同一仕様――フローレンタインカッタウェイ、ロゼッタ、インペリアルペグ、ラベル、そして、鳥のインレイ――ん?

 

 ここに僅かな違和感を感じた。間違いなく初代魔女と同一仕様に見える。というより、僕の中の初代魔女の30年後のイメージに完璧に合致しているのは確かだ。あいまいなものがあるとすれば僕の記憶のディティールだ。

 

 こういう時こそ、長年の調査資料の出番である。

  ▸初代魔女の幻を追う ~ 後編

 

そして、わかった。たしかに僅かな違いがあった。ヘッドの鳥インレイの左の翼の角度。

 

 同一の図柄でも全く同一のものは二つとない、と言われるLarriveeのインレイ。それでも僕の知る限りでは、同一のインレイは存在する。何種類かの主要なデザインにおいてである。だが、12年間探し続けてやっと見つけたこの「鳥」のインレイは希少な部類ゆえ、それこそ「同一のものが二つとない」側のデザインなのであろう。

 

 初代魔女とは左翼の角度が違うだけの同一の図柄。そうか、これは――初代魔女の双子の姉妹

 

 あの初代魔女の個体自体にはもうお目にかかれないことはわかっていたけれど、旅の最後にこんなものに出会うとは。

 

 

 限りなく同一、でも初代魔女そのものではない――これこそ僕の最後の魔女にふさわしい。懐古趣味でも、後ろ向きの思考でもない。未来へ歩を進めるためには、けりを付けなければならない過去があるということだ。過去に縛られていると言うのならそれを解き放つための何かを行わなければならない。前に進むために、不本意な過去の記憶と決別するために――。

 

 と、いつまでも感慨に浸っている場合ではなかった。まだこれは僕のものではないのだ。

 

 当然ライバルはいるはずで、この年代、この仕様の希少なオールドLarriveeの価値を理解している連中は多数。でも、今回に限ってはそんなことは関係なかった。うん。いくらでも構わない。楽器屋ならおそらくこのくらいで売るだろう適正価格、その3倍相当、神の7桁越えの値段で入札した。僕が初代魔女探しに費やした12年間の、いやもしかして初代魔女を手放したあとの30年あまりの値段。重いぞ。誰かがどれだけ競ってきても絶対に譲らない決意がある。そう、僕にとってこのギターはそれだけ重要なのである。

 

 一人、競ってきた。かなりの高額、楽器屋適正価格の手前。わかる。このギターには客観的にもそれだけの価値が十分にある。「楽器屋で買ったとしたら」の常識的な判断だ。でも甘い。それでは今回の僕の敵ではない。

 

 結局、戦いはそこまでで、楽器屋適正価格にて落札(当時定価の約6割)。市場価格として正しい価格だったと思う。僕の中の価値としては桁が一つ少ないんだけどね。

 

 2016年10月――こうして最後の魔女は僕の許へやってきた。