◆最古の「Mucha Lady」?
発端はRamzy's(←やはり)。この日、勧められるがままに12フレットジョイントのMartin 00-21を弾いた。
「いいですよね~これ」
「冗談抜きで、抱えてる姿は絵になりますよ」
↑こういう営業トークが上手いのはオーナーのO氏。
いや、12フレットジョイントはクラシックギターを持ってますから――。とは言ったものの、Martin 00-21はとても弾き心地が良かった。クラシックギターに慣れているせいか、幅広のネックも気にならないし。
そういえば、昔のLarriveeには12フレットジョイントのモデルは無いのかな? こんな興味が湧いた。僕はあくまでもLarriveeなのだ。早速、インターネットで調べてみた。アメリカの楽器店のホームページで見つけたのは1974年の12フレットジョイントモデル。Larrivee氏がブルース・コバーンのリクエストで鉄弦ギターを作り始めた初期の頃のものだ。これはまた貴重な――と? ふと、同じページに掲載されているギターのタイトルに目が留まった。
「Larrivee 1982 L-09 Custom order Mucha Lady」
こ、これは何だ~!?
僕の歴史認識を覆すその記述に、12フレットジョイントモデルのことはもう一瞬で頭から消し飛んだ。
それは、通常のL-09モデル(初期のインレイが全く無い)のヘッドにMucha Ladyのインレイが入ったカスタムモデルと説明されていた。画像は、やや不鮮明で要領を得ない構図ながら、確かに最もシンプルなLarriveeのLタイプのボディーとドットインレイのネック、そしてヘッドには正しくあのMucha Ladyインレイ!
これは――1982年にはすでにMucha Ladyが存在していたのか。
ヘッドは、インレイのある上位機種ならヘッドの外周に沿ったすぐ内側にシルバーかゴールドのラインが入っているのが通常だが、このモデルにはそれがなく本当にただMucha Ladyのインレイのみ。当時のカタログでL-09と言えば「スタンダード」モデルで、装飾に関してはサウンドホールの寄木細工のロゼッタのみ。本当にクラシックギター仕様と言っていいほどシンプルだ。このL-09はそのヘッドに単純にMucha Ladyを加えただけ。凄い。
このカスタムをオーダーしたのが誰かは知らないが、実に良いセンスをしていると思った。ボディに全く飾り気が無い分、ヘッドのMucha Ladyがとてもよく目立つのだ。やばい、また魔女に出会ってしまったのかも。
◆三たび「個人輸入」の危ない橋か
状態は「Excellent」と表示されていた。直訳すると「優秀な」という意味だが、中古楽器のコンディションで表すと
Near Mint > Extrafine > Excellent > Very Good
と、いう具合で下から2番目。実際のそれぞれの意味は
Near Mint:新品同様
Extrafine:きれい
Excellent:標準的
Very Good:傷多い
といった感じになる。「Excellent」はまぁ「普通に使用されていた」という状態で、辛うじて「美品」の範疇と言ってもいいかもしれない。日本と比べるとアメリカの方が評価が甘いので、少なくとも日本で言う「美品」よりも見かけの評価は落ちるはずだ。
ただ、画像の解像度が悪く、詳細な状態はわからない。肝心の「Mucha Lady」の表情も手ぶれとピンボケで、それがかえって謎めいて見える。しかも、値段は「Call For Price」 とある。むむ。
以前、L-10を買ったカナダの「The Twelfth Fret」のホームページでは状態についての詳細な説明が載っていた。おかげで知りたい情報はほとんどその場で知ることができたし、おまけに、解像度の高い巨大サイズの各部画像も載っていた。なので、問合せメールの英文作成は比較的簡単だったと言える。
ところが、この店は基本的に「詳細は質問してね~」というスタンスのようだ。知りたい情報を的確に得るのはちょっと苦労しそうな予感がする。とは言え、出来ないことはないだろう。ただ、交渉を始めたらまた「個人輸入」の危ない橋を渡らなければならない。それはそれで構わないのだが――問題は「次のギターはRamzy'sで買おう!」と考えていたことだ。またRamzy'sで買うのは延期になっちゃうかな、と思ったが、ここでふと思い出した。以前、オーナーのO氏が「欲しいギターがあれば輸入代行もしますよ~」みたいな話をしていたっけ。
ふむ。ジグソーパズルのピースがはまった気がする。今回の落とし所はどうやらその辺りかな。発端もRamzy'sだったことだし。
で、Ramzy'sへ――。N店長に事情を話すと、なんとRamzy'sとして輸入代行も可ということ(N店長、英語がOKだそうです)。つまり、輸入代行という形ながらRamzy'sから買ったということになるのだ。一石二鳥? そういうことなら、と質問の段階から全て代行でやってもらうことにした。もちろん、ギターの状態によっては買わないのも有りで。
これは意外にトントン拍子の展開になってきたようで。
◆途中経過
さて、相手の担当者はかなりマイペースっぽいようで、返信が遅い。とのこと。一週間以上経って、それでもやっと情報第一弾が届いた、との連絡が。
値段――相応
状態――20数年相当の弾き傷・当て傷有り。クラック等なし、リペア歴なし、改造無し、演奏性は良好
むむ、素っ気無い。これじゃまだ全く詳細は不明も同然だ。気になるのは「20数年相当の弾き傷・当て傷」がいったいどのようなものか、ということ。N店長も当然そこが気になったそうで、折り返し「表板のアップの画像を送れ」と質問を返してくれていた。再び返信待ち状態。
担当者に電話もしてくれたそうで「"きれいな状態"とは言わなかったので、けっこう傷多いと思いますよ」と浮かぬ顔をしている。まぁ、ホームページの不鮮明な画像ながらピカピカの新品同様を期待していたわけではない。傷の多い少ないよりも変なクセのある傷の有無がどちらかというと問題だ(例えば一つだけ大きな傷があるとか、明らかに変な弾き方しててその弾き傷が多数あるとか)。
数日後。表板の画像が来た。画像サイズは大きいが、ピンボケ具合はホームページのと大差ないような。とは言え、見る限り、言われたほど酷くはないように見える。確認できるのはサウンドホール下部6弦側の弾き傷と、ボディー下部の当て傷くらい。ただ、傷は光の加減で見えないことが多いので何とも言えない。逆に、この程度の画像で分る程の傷があるということは他にも傷が多数あるということだが。そこはN店長も同様の認識だった。
あ~しまった。ついでにヘッドの「Mucha Lady」の画像も送ってもらえば良かった~
でもN店長「この担当者の写真の腕からして、ホームページの画像以上の物は期待できないですよ」と言う。それはそうかも。そこは謎として残しておいた方が楽しみがあるのかな。
◆予め決まっていた?
さて、どうしよう。はっきり分かったのは、これは「弾き込まれた」Old Mucha Ladyだということ。それでも欲しいかどうか。
かつては外観の状態の良さを極端に気にしていた時期もあったが、Ramzy'sで様々なOldギター達に触れるうちに、いつのまにかその傾向は薄れていったように思う。ギターは弾いてナンボだ。ヘタに綺麗すぎるギターは逆に弾かなくなる傾向さえある。たまには「眠っていなかった」魔女も良いのではないか?
欲しい! と言うか、このギターにはそんなことを超越して魅かれる何かがある。
う~む。どう考えてもこの結論は変わりそうに無いな。それは最初にホームページで見た時にもう決まっていたようなものだ。色々調べたのはほんのささやかな抵抗に過ぎなかったのかもしれない。魔女に魅入られたらやはり逆らうことは不可能だったのだ。
ということで、最後の最後の抵抗として「機能に問題が無いなら買う」ということに決定した。状態について最終確認をしてもらう。結果は予想通り「演奏状態に問題なし」との回答を得たので、購入手続きをお願いした。
あ~、また遥か東の大陸から魔女が海を渡ってやってくる。今回はアメリカのボストンからだが。
◆驚かないで下さいよ!
2週間後――。
「来ました!」というメールがRamzy'sから携帯宛に届いた。のんびりくつろいでいた土曜日の午後のこと。むむ。これは「即、見に来い!」ってことだよな。それで即、Ramzy'sへ。
着くなり、N店長の第一声は「驚かないで下さいよ」って――。
え? 何ですか?
「実は、ですね」意外に新らし目のハードケースを開けながらN店長は口ごもる。それって、やはり思った以上に傷が酷かったのか? ちょっと目の前が暗くなる。覚悟はしていたけどね。
ケースの蓋が開く。中に見えたのはあまりにも――あぁ、あまりにも――普通? ?
よく見ると細かい傷はけっこうあるが、傷の程度としては予想より少ない。しかも、心配していた「変な傷」はほとんど無い。
お~。きれいじゃないですか! 落ちかかっていた目の前の暗幕はパッと払われた。だが待て、第一関門は突破したが、まだ先はある。「ん? でも、表板じゃないとすれば、後ろですか? それとも、ネックが逝ってたとか」
「それは大丈夫なんですが――」複雑な表情をやや和らげながらN店長がケースから本体を取り出す。「これなんです」
ボディ・エンドを差した指の先に見えるのは――エンドピン・ジャック? ってことは。「ええ。ピックアップが付いてます」
「驚き」の正体はこれ? 「な~んだ」僕の心配は杞憂に終わった。もう、人が悪い!
「改造箇所は無いって言ってたのに、これですから」N店長はそのことを「驚き」と言っていたのであった。「アメリカ人はこれを"改造"とは思ってないみたいですね」いや、アメリカ人全てがそうとは限らないと思うけど。
幸いなことに、僕は今回ピックアップの有無は全く気にもしていなかった。どちらかというと、後付けで搭載しようか、くらいの勢いだったし。それが伝わったのか、N店長はやっと安心した様子。僕もほっとして、改めてギターをじっくり見る。そしていよいよヘッドの「Mucha Lady」インレイとの対面の時が。
◆魅惑の「Mucha Lady」
ヘッドにもボディーに負けず劣らず歴戦の傷があったが、インレイの存在感はそのことが全く視界に認識されない程圧倒的だった。一瞬言葉を失くす程見事な造形だ。この絵が貝殻と象牙で描かれたものとは誰が思うだろう?
Mucha Lady――その表情は原画と似ているが、より洗練され、高貴だがどこか気だるい憂いをたたえたていた。そして、ホームページのぼんやりした画像から想像したものよりはるかに美しい。やはりこのインレイこそはLarriveeのLarriveeたる象徴の最たる物だ――少なくとも、僕の中においては。ギターの性能とは無関係とは言え、このギターの魂そのものがインレイに宿っているような気がする。そんな不思議な感覚を覚えた。それほどまでに素晴らしかった。これを見ただけでも今回の賭けは大成功だったと思えてしまう。いや、それはもう確信に近いものだった。
ふと思う。他のインレイが全てオリジナル・デザインなのに、これだけが何故あからさまにMuchaの原画モチーフなのだろう?
それは――このギターがカスタム・オーダーということは、このインレイもオーダーした人が依頼したカスタムデザインのではないか? 「Mucha のアメジストをヘッドインレイに入れて欲しい」と。そうして出来上がったのが正に目の前の「Mucha Lady」、つまりこれは本当に最古の「Mucha Lady 1号」なのではないか?
憶測の域は出ない。「mucha Lady」は静かに見つめるだけだ。そして僕は暫くの間視線を離すことができなかった。
◆驚きの「鳴り」
我に返った。一瞬魔法にかかって理性も飛んでいたが、肝心なことを試さないと――どんな音なんだ? 「かなり鳴りますよ、これ」確かに。N店長のチューニング音を聴く限り、すごく抜けの良い綺麗な音だ。
弾いてみる。抱えた感じはちょっと軽めに感じるが、しっかりLarriveeだ。違和感は全く無い。弦高がかなり低めで、指弾きはし易い。何より音が――音が綺麗だ。いや、鳴る!! こんなに音が大きいLarriveeは初めてだ。これに比べるとL-10あたりはまだまだ弾き込みが足りない感がある。さすがは使われ続けたギター。「枯れている」という表現を使っても良い気もするが、音色的にははもっと色気がある艶やかなトーンだ。僕の持っている他のLarriveeとは違う。その点は材質などの違いもあるので優劣はつけ難いが、こと「鳴り」に関してはこのL-09が一番良く鳴るようだ。
N店長もそれを指摘して「こんなに鳴るとは思いませんでしたね。」とうなずいている。ただ、僕には弦高が低すぎでは? との指摘も。その通りなので予定通りナットとサドルをTUSQで製作してもらうことに。弦高は、例によって「おまかせ」にした。絶対その方が良い結果になるし。ちなみに付いていたのは牛骨製でこれは既にオリジナルではない。
そういえば、付いてるピックアップってどんなやつ? 「アンダーサドルのピエゾ式ですね」ということは、サドル交換となるとその下に敷かれているピックアップをどうするか今決めなければならない。
◆まずはオリジナルから
「ピックアップの音が聴きたいですね」せっかく付いている機能を試してみたい気になった。アンプに繋いでみる。パッシブタイプのピックアップらしい。音は、いかにもピエゾっぽいプリプリした感じ。ちょっと好みじゃないかな。付けるなら別なやつがいい。さほど悩まずに決まった。まずはオリジナルな生音を楽しんでからだ。「ピックアップは外して下さい」「了解しました。穴の痕はどうしますか?」「ストラップ付けたいんですが」「なら、これはどうです?」店の奥から何やら部品を取り出してきた。極太の木製エンドピンだった。とりあえずそれにしてもらう。
ストラップか――。次の問題があった。ストラップ・ピンは現在ネックの根元の1弦側に打たれている。僕の他のLarriveeはネックヒールで、ちょっと感じが違う。他と同じにするか、このままにするか――これは保留。しばらくこのまま使ってみて決めよう。
ペグ。オリジナルのシャーラー製ペグだ。回してみる。不具合は無さそうなので、これもこのまま様子見。
最後に、ピックガード。かなり弾き込まれて傷だらけのうえ、サウンドホール付近の一部がめくれかかっている。これは――これも保留。そのうち交換するだろうけど、今すぐはその必要がない、ということで。
調整依頼内容は決まった。音については普通のOld Larriveeレベルを想定していたのだが、そんな予想以上にMucha Ladyは「大当たり」な予感がする。