◆雨の日にやって来た
急いでやってくれたようで、3日後にはもう「調整完了しました」の知らせが届いた。ならばこちらも早く取りに行かねば!
平日夕方、仕事帰りにRamzy'sへと向かった。この日は夕方から弱い雨。職場からすすきのまで地下街を歩き、市電コースを選んだ。市電停留所の方がRamzy'sから近いというのが理由。市電に乗るのは久しぶりだ。発車して加速する音がどこかノスタルジーな気分を呼び起こす。これは不快なエンジン音と排気ガスの匂いがするバスとは違う乗り物だ。地下鉄の速さに慣れた身にはちょっともどかしい走りではあるけれど。
やがてRamzy'sの近所の薬局の名と、それが「創業は大正12年」とアナウンスが告げる。
「行啓通り」
ここは本当に古い通りだ。市電を降りる。
Ramzy'sの店内には予想通り客は誰も居ない。「今日の昼間はいろんな人が来ましたよ~」著名なプロミュージシャンが何人か来たそうだ。中にはツアー中にギターが故障して飛び込んできた人もいるらしい。ギター駆け込み寺だね。ちなみに近所の薬局の創業が大正12年だということは、当然「し、知らなかったです。そんなに古かったとは!」
で、僕のMucha Ladyの音は「ちょっと弦高が高めかもしれません」チューニングをしながらN店長が言う。そのチューニング音、いい音だなぁ。弾いてみる。ローポジションは全く問題ない。ハイポジションは、確かにちょっとテンションきつめな感が。「では、ちょっと削りましょう」
サドルの高さはまだ余裕を残してあり、最後の微妙な弾き具合について僕の判断を待っていたのだ。削りすぎた分は元にもどせないもんね。ということでその場で微調整。そういえば、この店には電動グラインダが無いですね? 削るの全て手作業ですか? 「そうなんです。あれ、騒音と粉塵がハンパじゃないですから」とか言ってるうちに調整完了。あとは、代わりに里子に出すギターの話などをして――そういえば、雨。
カバー代わりに巨大ポリ袋で包んでもらった。「あ、しまった!」と、N店長。どうしました? 「シリアルナンバーを控えるのを忘れてました。」では、それは後で調べて連絡しますよ。
外に出る。おっと、少々本降りになってきたかも。手提げカバンとギターケースを持って、傘は――傘とカバンを片手、反対の手にポリ袋入りギターケース。ちょっと見た目が怪しいぞ? おまけに傘が持ちにくい。しばらく歩くと傘を持つ手が疲れてくる。それならば、と、カバンとギターを片手にまとめて持つ。これは、さすがに重い。また持ち換える。
地下鉄。ポリ袋に入ったギターケースはやっぱり、怪しい。しょうがない。誰かが通報しないことを祈る! そして無事麻生駅に到着。まだ雨は降っている。ここから約1.5㎞。何度か荷物を持ち換えながらなんとか家までたどりついた。怪しいポリ袋のおかげでギターは無傷だ。
こうして雨の日の夜、Mucha Ladyはついに我が家へやってきたのだった。
◆刻まれた歴史
表板は遠目にもくすんで輝きに乏しく、25年の間弾き込まれた「歴史」が刻まれている。だが、それは決して嫌な傷ではない。変な使われ方をしてついた傷は見た感じからしてとても醜いものだが、このL-09 Mucha Ladyからはそんな印象は微塵も受けない。
外観の小傷から受ける印象に反して、楽器としてのコンディションはすこぶる良い。ネックはやや順反り気味だがほぼ真っ直ぐの正常状態。指板はローポジションの何箇所かが指の痕に凹んでいる。どれだけ弾き込めばこうなるのか、エボニーの指板がここまで減っているのを僕は見たことがない。その割りにフレットの減りはほとんど無い。これは過去にリフレットしたのだろうか? ただ、見る限りその形跡は全くわからない。
表板はクラック、ブリッジの浮き、表板の歪み等の異常は全くない。ピックスクラッチでほとんど光沢を失ったピックガードは、よく見ると同型の物に貼張替えられた形跡がある。何代目なのだろう?
愛着を持って、しかし遠慮なく使われていたことが見て取れる。幸せな使われ方をしてきたんだな――この楽器からはそんなオーラを感じる。僕はその歴史を受け継ぐのだ。今まで我が家にやってきたギターは新品か「眠れる魔女」ばかりだった。それらは僕が弾き込むことで歴史を与えて行く必要がある。だが、このMucha Ladyにはその作業が不要だ。音はもう完成している。弾けば、即、その音が鳴るのだ。とはいえ、より鳴らすためには僕の方が慣れる必要がある。早く使いこなせるようにならなければ。
そのためには、まずは掃除かな。やはり。
◆中身も凄い事に
弦を外して、本体内部の掃除を開始。まず、ラジオの伸縮アンテナのような棒の先に鏡が付いた、通称「痴漢ミラー」で内部の様子をチェックする。表板の割れとかは無さそうだ。抱えた時に上になる方の側板には2センチ角程の両面テープの痕が残っていた。ピックアップ関係のパーツを取り付けていた残骸だろうか? ? 付いていたのはパッシブ型ピックアップだから、そんなパーツは不要なはずだが。ブリッジ下の様子を見る。
おお!? 何箇所かに接着剤と両面テープの残骸が。これは、過去に何度もピックアップの付け替えが行われたってことだな。側板のテープも過去にアクティブ型でも使った時の物だろう。――という目で他の部位を見ると、ネックブロックの近辺に怪しい汚れが! これも電池ケースとかの痕かもしれない。
内部にもこれだけの歴戦の痕。本当にこのギターはよく使われていたんだ。
◆掃除完了
本体内部は多数の接着剤系の残骸以外は特に不具合なし。でも、これだけ多量に残ってると多少なりとも音に影響ありそうな気がする。機会があればきれいに除去したいものだ。
フレット。結構なサビ・汚れがある。いつものネバダルで拭いてピカピカに。
指板。こちらも汚れ多し。レモンオイルできれいに。
本体。長年の傷、汚れ――まず表面を軽く磨いてみる。うわ、相当汚れてるぞ。次いでポリッシュで細部まで丁寧に磨くと、おお。見事に光沢が復活! きれいじゃないですか。表板がくすんで見えてたのは大半が汚れのせいだったんだ! 続けてヘッドのMucha Ladyも同様に磨く――。
こうして小一時間かけて磨いた結果、見違えるようにきれいになった。
◆シリアルナンバーの謎
――と、シリアルナンバーを調べるんだった。シリアルナンバーはネックブロックにある。見ると? 22nn――4桁? この頃のLarriveeのシリアルナンバーは6桁のはずだ。内訳は上2桁がモデルの型番で、下4桁が通しの製造番号だ。ということは――この数字は下4桁の製造番号の部分だろう。つまり、このギターにはモデルを表す正式な型番が無いのだ!
楽器店ホームページでは「L-09 Custom order」となっていたが、実際は型番無しの単なるCustom orderだったということか? まあ、スペック的にはL-09に間違いないから便宜的にL-09と表記したのだろう。僕もそれに従うことにする。だって、ただのCustomだけじゃどんなギターかまるでわからないし。
今回新たにわかったこと。もし――この時代のLarriveeで4桁のシリアルナンバーのものを見つけたら、カスタムモデルの証。そしてそれは、もしかすると世界にたった一本の貴重なギターかもしれない。
<完>