魔女は海を渡るか?  

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◆Old Larriveeの記憶

 

 Larrivee創業の地からはるばる海を越えてやってきたL-10 Deluxe 1978は、予想をはるかに上回る驚愕のコンディションだった。

 

 表板はほぼ無傷。凄い! 詳細に見ても本当に傷はほとんどない、正真正銘の「ほぼ無傷」だ。 

 

 色、焼け具合も予想通り。これは、ホームページの画像がそのまま本物になった感じだ。材質は、良く目の詰まった上等なジャーマンスプルースで、木目はとても僕好みだ。外観はまさに「極上」の部類だろう。もっと程度は落ちると思っていただけに、これは信じられない。

 

 ネック、指板、フレットもきれいな状態だった。質感は同時代のL-31と似ている。側板、裏板のローズウッドも同様。やはりビクトリア時代のLarriveeには、これほど良質な材が使われていたのだ!

 

 

 

 

 ケースから取り出してみる。ヘッドは1980年当時のカタログと同じ見事なファルコンのインレイ。実物を見るのは初めてだけれど……隼の目元が意外に可愛らしい。

 

 そういえばRamzy'sで見たL-10のユニコーンも目が可愛らしかった。1970年代の特徴の一つかもしれない。1980年代になると表情はかなりリアル系になる。

 

 

 

 そして、懐かしのインペリアル・ペグ。これだ――僅かに残っている初代L-28の記憶の一つがこのペグだった。

グローバー インペリアル・ペグ
グローバー インペリアル・ペグ

 

 インペリアルとは「皇帝」の意味で、それはペグボタンの形状を指したものだ。角ばった2段の階段状のデザインがとても気に入っていた。当時はペグの知識も浅かったけれど、これはLarriveeオリジナルだと思っていたくらいだから、アコースティックギターでこれが採用されている例は少ないのだと思う。Larriveeではインペリアルペグが1980年代初期まで使われていたはずだ。その後はシャーラー製になって、見た目が普通になってしまったのが残念だった。変更理由は精度とかの問題だったのだろうか? いや、久しぶりにじっくり見たけれど、これは本当に懐かしい!

 

 

 後付けのストラップピンは問題なく使えそうで一安心。ただ、さらに詳細に状態をチェックするとブリッジにわずかな浮きがあったので、 弦高調整の依頼と合わせてRamzy'sで直してもらうことになった。「綺麗な古いギターには問題が隠れている」という都市伝説が生まれそうな予感――。

 

 

 週末――早速Ramzy'sへ。

 

「自分と同い年のギターとは思えない……」店長も外観の綺麗さには驚いていた。カナダのホームページの画像を見て「これは買いじゃないですか?」と最後に背中を押してくれたのが他ならぬ店長本人だったから。

 

 店にある他の強者ギター達と比べても、何ら引けをとらない存在感で 「このまま店に置いときたいですね!」

 

 いや、修理の期間限定ということで……。

 

 その修理内容はブリッジの浮き修正と、ナット・サドル交換。あと、フレットにややガタつきがあるので摺り合わせも。預かり期間は2週間程度となった。まぁ、あせらずに待つことにする。修理が終わったらどんな音になっているのか、ぞくぞくするほど楽しみだ。

 

 

 そして、2週間後――。

 

 修理が完了して、早速弾いてみる。魂が魅了される魔女の音色だ。改めて認識する。これは古いLarriveeだ!

 

 L-10の響きには「湧いてくる」感じがある。ギターの奥底から静かに湧き出てくる湧き水のような響き。やわらかい、それでいて芯のしっかり通った音……心が惹きこまれるような余韻だ。弾いていると僕の意識はたやすく時間を飛び越える。そして、遠い記憶の中の何かを呼び覚ます。それは細部のデザインだったり、ちょっとしたシルエットの曲線だったり、木の質感だったり、果ては、住んでいた四畳半の部屋の匂いだったり。

 

 初代L-28もこんな音だったのだろうか? こんな手触りだっただろうか? それを検証することはもうかなわない。けれど、限りなく近いものだったことは間違いないだろう。

 

 と、ある想いが蘇る。同時に、忘れていた数々の記憶の断片と共に。それは――僕は確かに昔、これと同じ種類のギターを所有していた。いや、これほどまでに素敵な音色のギターを持っていたというのに、何も成し遂げることができなかったという後悔。

 

――やり直すことは可能だろうか?

 

 人生には引き返せない分岐点が無数にあるものだけれど、もしも、あの時違う選択をしていたら……と、想像することがある。渡ろうとして、渡れなかった橋がいくつもある。あの頃、渡れなかった橋の向こう側へ、もう一度渡れるチャンスがあるとしたら……このL-10を弾くと、そんな想いに強く駆られる。本当に、もう一度、やり直せるのかもしれない、と。

 

 

 Laerivee L-10 Deluxe 1978は、予想をはるかに超える大魔女だった。僕の負の記憶を埋める(えぐる?)役割は十分過ぎるほどに果たせそうだ。今後はクラシックギターと並行して、このL-10と二代目C-05での指弾きも再開させることにした。クラシックギターの技術は鉄弦のアコースティックギターにも応用が利くこともわかって、第二期の活動もいよいよ新たな段階が見えてきそうだった!

 

 これで初代魔女のL-28を探す旅も終わり――この時は本当にそう思った。

 

 

 そう。この時はまだ、翌年の「事件」のことを知らない。僕のギター人生を変えた、「1980年の衝撃」を超える、あの究極の大事件のことを――。

 

 

<完>


Larrivee L-10 Deluxe 1978

 

<<仕様>>

 表板: Solid German Spruce 

 側・裏板:Solid Indian Rosewood 

 ネック:One-piece Honduras Mahogany 

 指板:Solid Ebony 

 下駒: Ebony

 サドル・ナット:Ivory(現在はTUSQに置換)