これは本当に僕の初代魔女だというのか?
35年という途方もない空白がある。当然ギターは経年変化しているし、35年前の不確かな記憶と現在の姿を合致させるには、いったいどれだけの補正が必要なのだろう。
ともかく、全力で記憶をたどる――。
最初から感じていた不思議な親近感は、作業を進めるにつれ強まって行く。裏板の曇りを取って見えた木材の質感、色味、節――記憶の残像がしだいに蘇る。
そういえば――恐らく新品で購入したであろう前の持主はクセのあるアップストローカーで、僕が譲り受けた当初からサウンドホールの6弦側にヒゲのような弾きキズが数本あった。それが気になって恐る恐るバイクのヘルメット用のコンパウンドで消そうと試みたけれど、あまり効果がなかったっけ。
表板をつぶさに見る。塗装が完全に剥げた酷いストローク跡が目立っているが、よく見ると記憶の位置にそれらしき古い線傷が確かにある。その跡――記憶と似ている。
ヘッドインレイには弦交換で引っ掛けたような傷がある。不確かな記憶だが、これも初代魔女にあったような気がする。
裏板のボンドの修理痕、表板とヘッドの傷。記憶の琴線に触れる一致点があるということは、やはりこれが初代魔女であるということなのだろうか。
しかし、残念ながらどれも完全な決め手にはなり得ないのだった。どれだけ確からしいとしても、その記憶を裏付ける証拠がないのだ。
致命的な失態はシリアル番号を覚えていないこと。シリアル番号さえ残っていれば何の苦労もなかったのに。だが、これは致し方ない。当時はシリアル番号なんてそもそも気にしていなかったのであるからして。
だから、客観的な物証が欲しい。しかし、残されているのは不鮮明な何枚かの写真だけなのである。
何かわからないものか、と、ギタースタンドに立てかけて写真と見比べてみる。だが、ピントのあまい遠景の全体像写真では、いかんせん細部の特徴は判別が難しいのだ。
ああ――でも、もう少しで何か、決定的な「何か」が見つかりそうな感じがする。しかし、その正体はわかりそうでわからない。霧の中で映画でも見ているようなもどかしさがあった。
寝転ぶ。行き詰まった感がある。こういう時は――閑話休題。気分を変えてみるのがいいかもしれない。
ところでこのL-28はどんな音なのだろう。無性に聴いてみたくなった。見た目だけでなく、音も聴ければ何か思い出すのではないか、と思い立った。
でも、ペグがないんだっけ――。
恐らくオリジナルのグローバー・インペリアルペグを外しただけだと思われるので、同じものを用意すれば無加工で取り付けられるはず。よし、つけてみよう。
そもそも何故ペグが外されていたのか。理由はわからない。確かに、グローバーのペグは精度の観点ではいまいちで、Larriveeも1982年からはシャーラーSchaller製に変更されている。僕のようにこのグローバー・インペリアルのデザインに魅了されでもしない限り、替えたくなる気持ちもわからないでもないけれど。
さて、こういう時のために、予備のインペリアルペグを何セットかストックしてあるのだ。L-78究極の魔女に付いていたペグが、ポストの弦を通す穴の位置が低くてちゃんと弦を巻けないというトラブルがあって、その時に探して仕入れたものだ。
押入れから取り出してみると、クロームのペグの中にゴールドのものが一式混じっていた。これは、L-72古の大魔女のゴールドのインペリアルペグがくすみ気味だったので、もしも時のために探したゴールドの予備。なんと新古品デッドストックの一式だ。
ゴールドか――。
L-28のOLD EAGLEはラッカーが変色して金色がかっていた。クロームとゴールドを左右半分ずつ仮止めして見比べた結果、どうやらゴールドの方が合いそうなので、ペグはゴールドのインペリアルに置換することにした。
想定通り、無加工でペグが付いた。弦を張ってみる。音は出た。美音だが、小さい。ブレイシングの剥離の影響だろう。ネックの反りとナットの溝の不具合で強く弾くと弦がビビるが、記憶を揺さぶるOld Larriveeのいい音である。沁み渡る。
とりあえず音が鳴らせることを確認したら、何だか急に力が抜けた。
僕の中ではもう大音量で「これは初代魔女だ」と声が響いているのだが、頑固な僕の「頭」がまだそれを認めていない。もしかするとこのまま結論は出ないかもしれない。でも僕はこのギターがとて気に入った。そう、確証なんかなくてもそれで十分じゃないか――。
とにかく、今日は疲れた。もう寝よう。一晩眠ればまた何かを思い出すかもしれない。
それが――
まさかこんなことが起きるとは思ってもいなかった。その翌日に見た光景は決して忘れられないだろう。
2021.2.3