Larrivee L-31 Classical、クラシックギター。創業者のJean Larrevee氏は元々クラシックギターの製作家だった。後に、地元カナダのミュージシャンの要望でスティール弦のアコースティックギターも作りを始めたということで、クラシックギターこそLarriveeギターの原点と言える。
このL-31は1978年製で、僕で三代目のオーナーということだ。前オーナーが最近、長期間使われていなかったこのギターを見つけて買い取ったけれど、結局ほとんど弾かないうちに僕の所に来ることになったそうだ。
それにしても――表板の日焼けもなく、綺麗なギターだ。とても20数年前の製品には見えない。ただ、それは裏に隠れているトラブルを予見させるものでもあった。見た目の綺麗さは長期間使われていなかった裏付けでもあるけれど、問題はその保管状態で――おそらく、ずっとケースにしまわれたまま暗く湿った場所で保管されていたであろうと。
そのことは手に取ってみてわかった。付着している汚れはどれもが相当な年月を経たもので、古い家の湿った押し入れのような臭いがした。そして、弦は本当に長い間張りっぱなしだったようで、もはや弾力のかけらもなく――真っ黒に錆びた弦はまるで朽ちた城に絡みつく蔦のようだった。この弦は初代オーナーが弾いていた時のものなのだろう。驚いたことに、こんな状態でも心を奪われそうな美音を発する。今にも消え入りそうに――。
わかったこと。誰が呪いをかけたのか知らないけれど、このギターは20数年間ずっと眠り続けていること。さらに――この眠り姫はキスをする程度の簡単な方法では到底目覚めそうにないこと。
高湿度の環境下でこれほどの長期間放置されていたギターは、何らかの問題を抱えていると見て間違いないだろう。もしかすると修理不能という最悪の結果もあるかもしれない。
いずれにせよかなりの大仕事を予感させた。いや、それも覚悟の上で……。
期待と不安(不安>>>期待)の中、詳しく状態を調べてみると予想通り、多くの不具合が見つかった。やはり――。ただ、どれも修理可能なレベルで致命的な故障はなさそう。どうやら目覚めないという最悪の事態は避けられそうだ。ひと安心だった。
そして、長い時間をかけてゆっくりと呪いは解けて行く――。
まずは、台所の換気扇回りを徹底大掃除するくらいの手間の清掃作業。そのあと、楽器屋での修理・調整の入院を経て――1カ月ほどでなんとか弾ける状態になって戻ってきた。ただ、完全に目覚めたと言える状態まで回復するには、それから毎日弾き続けてさらに半年ほどの期間を要した。
本来の鳴りを取り戻したL-31は驚くほどの実力を秘めていた。二代目C-05とは全く別方向というか別物だった。きらびやかで柔らかな音色! なんという奥深い響き! いや、最初にケースを開けた時を思い起こすと言葉もない。
Larrivee原点の音――僕はその音を噛み締める。
この後、当然のように僕は師事してクラシックギターを習い始める。当初考えていた指弾きインストゥルメンタルではなく、本格的なクラシックギターの世界に身を投じることになった。それは100%このL-31の導きによるものだ、と思う。初代L-28の記憶をも呼び覚ますこのギターには、それほどの魅力があったのだ。
ただ……ちょっと違うかな、と思う部分もある。このギターはずっと「眠り姫」だと思っていたのだけれど、どちらかというと「魔女」ではないか、と――。
弾かずにはいられない、というか、うまく弾けないとヘナチョコな音しか出ないし、でもちゃんと弾けた時の音はとんでもなく素晴らしい。 その素晴らしい音に麻薬のように魅了される。だからまた弾かずにはいられない。
魅力というより、ほとんど魔力の部類。Larrivee L-31 Classicalはそんなギターだ。
でも、たぶん――たぶんだけれど、かつて初代L-28を弾いていた頃も同じような感覚に囚われた記憶がある。それはこの時代のLarriveeに共通した特徴かもしれない。だとすると――。
L-31 Classicalとの出会いは、僕の封印されていた記憶を解き、その時代のLarriveeへの想いが再燃するきっかけにもなった。だとすると――もしかして、眠りの呪いがかけられていたのは僕の方だったのかもしれない。いや、まさか……。
<完>
Larrivee L-31 Classical
<<仕様>>
表板:Aged Solid German Spruce
側・裏板:Solid Indian Rosewood
ネック:One-piece Honduras Mahogany
指板:Unbound Solid Ebony
下駒:Rosewood
サドル・ナット:Ivory(現在はTUSQに置換)