(4) ノースヴァンクーバー時代後期 1987~1992
やがてアコースティックギター界に再び光が差し、Larriveeも1988年頃からまたアコースティックギターに本腰を入れ始める。そしてこの頃を機に仕様を一新する。Larriveeギターの大きな転機である。
1987年の5月から、それまで未管理だったシリアル番号の情報が一元管理されるようになった。これは一つ目の転機だ。後述のデザインの変化もこの時すでに確認できる。
そしてこの時期に「Larrivee史上最大の変更」と言える仕様の変更が行われる。ネックにアジャスタブルロッドが入ったのである。それまでは調整ができないスクエアロッドが使われていた。これがいつから変更になったのかは定かではないが1988年頃と推測している。
シリアル番号管理開始時の1987頃はまだスクエアロッドだったが、少なくとも1988年頃のモデルに試行的にネックにアジャスタブルロッドが入ったものが存在するのは確かだ。ただそれは現在のようにサウンドホール側から調整するのではなくヘッド側から調整するタイプで、ロッドカバーが付いているものだった。これはアジャスタブル・ロッド仕様のプロトタイプと推測される。苦難の時代のエレキギター製作のノウハウがここに顕著に生かされたというわけだ。
このことがどれだけLarriveeギターを「使い易く」したかは想像に難くない。
スクエアロッドを使用していた理由は「アジャスト調整を必要としない自信があるから――」とカタログに記載されていたが、本当のところはわからない。確かに、ネックはAAAグレードのホンジェラス・マホガニーのワンピース構造だ。木目は限りなく真っ直ぐで、変なねじれ等は起きそうにない。実際、手持ちのビクトリア時代のギター達のネックにこれまでトラブルが発生したことはない。
しかし、どんな環境下でも大丈夫なのか、というと、自然木である以上はそうではないだろう。ネックの調整機構を持たないギターのネックが反った場合の修理は手間と費用が馬鹿にならない。翻って、調整が要らないほどの精度のネックは材料を選ぶだろうし、それを人手で作り続けることも生産数を増やす上での文字通りネックになっていたのかもしれない――という理由かどうか、この時からLarriveeにも普通のアジャスタブルロッドが入ったのだ。これが結果的に「使い易さ」と「弾き易さ」をもたらすことになった。
デザインは多少変わった。ヘッドのインレイは幾つかの種類を除いて「不定」だったのが、ある程度の種類に固定された。サウンドホール周りのロゼッタは、中心の模様は変わらないが周囲のローズウッド製リングが無くなり、ただの二本線のリングになった。「10」のグレード(DELUXE)でのブリッジのインレイも無くなった。構造的には裏板のセンターにあった補強材がなくなり、ラベルも段差がなくすっきり見えるようになった。また、この時代のものは表板の厚さが多少薄くなっている
ラインナップの体系も一新された。それまでモデルの型番はLのみだったのが、ボディー形状によってそれぞれ型番が分けられた。カッタウェイモデルはCの型番となり、L-28という型番は消えた。現行のC-10がL-28の後継型番にあたる。そして、おそらくこの時期からシリアル番号による製造年月の管理も行われるようになったと推測する。
現在、公式ウェブサイトではシリアル番号入力により製造年月の自動検索が行える。
https://www.larrivee.com/manufacture-date-lookup
ただし、ここでは暗黒時代以前のギターのシリアル番号には対応していない(一番古くて1987年5月から検索可能)。ネックブロックに型番とシリアル番号が入るようになったのはビクトリア時代からであるが、シリアル番号も暗黒時代以降のこの時期に全く体系が一新されたことを意味する。ビクトリア時代のシリアル番号体系については後述するが、少なくともLarrivee社ではきちんと管理されていなかったようである。
その他、目には見えないがLarriveeは独自の製作ツールやマシン類の開発を常に進めてきた。ビクトリア時代に築いた手工ギターとしてのノウハウを機械化で実現しようという狙いである。品質の全工程に製作者のスキルが求められる手工ギターは魅力的だ。だが、工程の中には機械にまかせた方がより精度を得られる部分もある。そういう所は徹底的に機械化しようというのがJean Larrivee氏の考えだ。それが現実化された。現行のLarriveeギターの始まりである。
この時代のLarriveeは手工品の面影をわずかに残しつつも、機械化による精密な仕上がりの工業製品である。すでに材木商としても成功を収めていたJean Larrivee氏、当然、使用される材の質は良く手作りと機械化のバランスが絶妙だった。それ故、巷ではこの時代の製品に対する評価が最も高いと思われる。
僕もそれには同感だ。実際、かつて所有していたこの時代のC-10SPは見た目、質感、音色、音量、出音のバランス、演奏性、どれをとっても超一級品だった。不満の何一つない、各要素が高次元でバランスのとれたパーフェクトに近いギターだ。後のヴァンクーバーの大規模工場製C-05 Eagle Specialと比べても、その形状、仕様はほぼ変わらない。それは、現在の「工業製品」としてのLarriveeギターの基本スペックが全てこの時代に確立されたことを意味する。それほどまでに完成度が高まったのがこの時代の特徴だ。
こうして、この時代のLarriveeギターはビクトリア時代の初期形態最終系のギターとは全く別物と言っていいレベルに進化したのである。