魔道記~外伝(非・魔物ギター編)

1982年Morrisの真実に迫る  

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  何はともあれ、MD-520を探してみることにする。

 

 年代は出来ればカタログが出た初年度の1981年もしくは1982年のものがいい。とはいえ、調べてみるとMD-520という型番自体は1990年代までは残っていたようだ。ただし、1987年のカタログでは表板単板ではなくオール合板仕様にグレードダウンされているし、その後は海外製になっている。

 

 更には、当時のMorrisギターにシリアルナンバーは付与されているが、ナンバーの管理がされていなかったため製造年の特定は難しいらしい。これではピンポイントに「1981~1982年頃」を探すのも困難かもしれない。

 

 この状況ではたして、お目当ての一品を見つけることができるのだろうか。

 

 その前に、そもそも現物が出回っているのか。市場調査を開始する。

 

 まずはヤフオクから――。

 

 探してみるとMD-520自体は結構な頻度で見つかる。ただ、エントリークラスのギターの常というか宿命というか、適当な使われ方をした残念な状態のものが多く、相場は一万円台というところである。

 

 外観はともかく楽器としての状態が悪そうなものは除外する。なるべく修理・調整の手間は避けたいからだ。このクラスだと買値より修理費が高くつく事態に容易に陥りがちであるので――とは言っても現物を触らずにそれを厳密に判断するのは難しいかな。

 

 年代については、ラベルの画像から国内製か海外製かの判別は可能として、製造年の絞り込みはどうか。一応、ヘッドの裏面にシリアルナンバーがある。管理はしていないとはいえ、シリアルナンバーなら番号が若い方が年代が古いと見るべきだろう。とはいえ、そのためにはある程度のサンプル数が必要となるわけで、やはり難しそうである。

 

 簡単にはいきそうにない。難攻しそうな予感が漂う。

 

 続いてメルカリを覗いてみる――。

 

 ギター関連のメルカリの特徴として以前に何度か見た感じでは、知識が無い素人が不用品整理の一環で単なる「物」として出品している品が多い印象だった。今回も期待せずに見る。すると、以前よりはまともな商品説明の出品物が増えている印象ではある。だいぶ「使える」市場になっているようだ。少しは期待できるかもしれない。ただ、物自体は押入れ・物置の長期死蔵品の類が目立つ。やはりか――。

 

 と、そんな中MD-520の文字に行き当たった。

 

 まず値段が送料込みだが3万円台と相場より高い。それが内容を見ると――当たりかもしれなかった。外観は使用感の無い超美品。状態説明は詳しく、知りたい情報はきちんと記載されている。画像と説明から判断して状態は良いと思われる。更には「約39年にわたってきちんと保管管理していた」とあり、これが本当なら探していた1982年製である可能性が高い。

 

 念のため出品者の他の出品物を見るとギター関連のものが多い。知識のない素人ではなく、おそらくは「まともな」商品である可能性が高い。

 

 待て。ちょっと待て。本当に当たりを見つけたのか?

 

 そんなに良い状態のものがいきなり出るとは思わず、その場は「いいね」をつけて保留。週末まで悩むことに――。

 

 一通り市場調査を終えた段階で、MD-520は4本ヒットした。相場違いの高額すぎる一本と明らかなジャンク品を除くと、残りはヤフオクで見つけた1万円台の「長期押入れ・物置」物件と例のメルカリの3万円台超美品の2本である。

 

 さて、どうする。買うかどうかについては、絶対に必要かというとそうではないが、手軽に弾けてそのへんに転がしておけるギターが一本あっても悪くないかな、という気になっていた。その結論、異常に暑い今年の夏のせいに違いないぞ。

 

 ではどちらを選ぶ? というとこれは考えるまでもなかった。心が動いたのはメルカリの方だ。想定していた予算を少々オーバーしているが、1万円のゴミ相当に手を出すより3万円でもそれに見合った程度のいいものを手に入れる方が良いように思えた。

 

 7月24日。結論は出た。現状送料込みで当時定価の値段。ダメ元で値引き交渉をしたところ値段が下がったこともあり――そして暑かったこともあり――勢いでポチっと――買ってしまった。たぶん当時の実際の売価程度だろう。

 

 いや、見立て通りならこれは結構な当たり予感がするのだが、そこは期待しないほうがいいのかな。

 

 

  7月28日。MD-520が届いた。

 

 これが想像をはるかに上回る「タイムスリップギター」だったのだ。

 

 

Morris MD-520 1982年
Morris MD-520 1982年

 

 これは本当に39年前のギターなのか? 見るとほぼ無傷の極美品で、弾いた形跡もほんのわずか。傷もなし。おまけに表板の焼けがほとんどない。よく見るとペグのメッキはそれなりに劣化しているが、先入観なしで見ても買って一年以内、いや、年代を考えるとほぼ「新品」と言ってもいい。本当に綺麗な状態で、おまけに楽器としてのコンディションも良好だ。厳密にはほんのわずかに元起きがあるように見えるが、実害はないレベル(※1)。これはS.Yairi YD-303と同様に「大当り」の一品だったのだ。

 

 いや、こんなに状態が良いものをのぞんでいたわけではなく、部屋に適当にころがしておけるオモチャレベルを想定していたのだが――これでは「ころがしておく」扱いはできないじゃないか!

 

 嬉しい誤算である。たまにはこんなこともあるものなのだ、と実感する。

 

  

 実物をじっくり観察してみる。

 

 裏板・側板には高級ギターではあまり聞かないオバンコールという材が使われている。安価な、ローズウッドの代替材である。ネックのナトーはマホガニーの安価な代替材だ。ただし、これらの代替材は純粋に値段の問題でこれらが使われているのであって、昔から高級ギターに使われているローズウッド、マホガニーと比べてあからさまに音が悪いとかではない。その違いは個性のレベルだと思う。

 

 材の見栄えは、ナトーに関してはマホガニーとの見た目の違いはほぼわからないし、オバンコールは落ち着いたダークな色合いで好印象である。

  

 塗装は極薄のポリウレタン塗装だ。一般的に、ラッカー塗装の方が手間ひまがかかるが音は良い。ただし、取扱いはデリケートになる。一方ポリウレタン塗装は手間が少なく、丈夫で扱いは楽。一般的に、音はラッカーより劣る――と言われているが、ポリウレタン塗装でも極薄に塗装する技術が進歩し、高級ギターでもあえて採用しているものもあり、一概に音が悪いとは言えないのだが。

 

 いよいよ弾いてみる。

 

 個体差があるからこれも一概に言えないが、このMD-520を見る限りにおいては、作りはカッチリと精巧精密で製品としての完成度は驚くほどに高い。ギターをちゃんと作るには技術と手間ひまが必要なのだ。当時のMorrisの技術レベルは高く、それがエントリーモデルにも反映されていることがうかがえる。もちろんそれに伴った出音のレベルは高い。

 

 コツッという単板特有のレスポンスが感じられ、響きは豊か。音色は懐かしいというか、本当に高校時代を思い出す。その音色が上質に奏でられる。もしW-20が表板単板だったら、という妄想で想定した答えをはるかに上回る驚愕の音である。

 

 以前、一時期所有していたことがある1979年のW-70(ハカランダ合板)がペグ・ナット、サドルを交換したらけっこうクラスを超えたいい音になったと感じた(ただ、その音は予想した範疇のものであった)。それが、このMD-520は現状のオリジナルの安価なペグ、プラスチックのサドル・ナットの状態で、間違いなくそれ以上の良音を奏でているのだ。

 

 MD-520の基本性能はエントリークラスのものではない。それどころか、一世代前の、倍の値段のクラスを凌駕するレベルとは! ペグやナット・サドルをそれなりの牛骨製などに変えればさらに音のランクは上がる(※2)。それをこの値段で実現。まさに驚異のハイ・コストパフォーマンスモデルだ。

 

 カタログの謳い文句に偽りはなかった。背景にフォークブーム終焉による危機感もあったのだろうが、ここにMorrisの意気込みを見た気がする。

 

 1982年――Morrisは本気で攻勢に出ていたのだ。

 

 残念ながら、当時は僕を含め買う側はそのことに全く気付かなかったのだけれど。

 

 さらに惜しむべきは、この直後に暗黒期が訪れ、おそらくはこの品質を保っていた時期は数年に満たないと思われる。それはLarriveeの例と同じく、暗黒期をなんとかしのいだ後の1990年代以降のモデルはそれ以前とは別物になったはず。

 

 実際Morrisの場合は、その後上位クラスのみを国内製とし、エントリークラスはコスト削減のため海外製になった。

 

 そう考えると、この1982年を含むわずか二、三年程度はMorrisエントリークラスの一つの黄金時代だった可能性があるのだ。

 

Morris MD-520 ラベル
Morris MD-520 ラベル

  

 

 2021年は札幌でも史上初めて真夏日が三週間続いた異常な夏となった。Larriveeのラッカー塗装は暑さでベタつくため、図らずもこの間はMD-520の独断場になった。そして、そんな夏の去った今でも、MD-520はLarriveeとともにスタンバイされている。

 

 ひとたび弾くと、初心を思い出す懐かしい音色が豊かな響きを伴って湧き出て来る。今、何だか久しぶりに技術的に色々と練習を始める気になっているのだ。MD-520はそんなとっても良質なギターだったのである。

 

 もしW-20が表板単板仕様だったら、当時の僕がこれを最初の一本として使っていたら、学祭のヒーローになれたかな。もしかしたらなれたかもしれない、という妄想にひたりつつ――。

 

 世間には知られていない隠れた栄光に思いを寄せ、1982年のMorrisに乾杯!

 

<完> 

  

2021.8.25

Morris MD-520 1982

 

縦ロゴの「MORRIS」
縦ロゴの「MORRIS」
Morrisオリジナルのピックガード
Morrisオリジナルのピックガード

 

<<仕様>>

 表板:スプルース単板 

 裏・側板:オバンコール2ピース(合板) 

 棹:ナトー 

 指板・ブリッジ:ローズウッド 

 糸巻:ダイカスト(ゴールド Morris刻印) 

 弦:モーリスライトゲージUSA

 指板・ポジション:丸ポジ 

 サドル・ナット:プラスチック

 

エントリークラスとは思えない驚異のコストパフォーマンスモデル。機会があればこの時代の別モデルも弾いてみたいものだ――。

 

ちなみに、1979年W-20がそんなにダメだったかというと、当時のヘタクソな僕がポテンシャルを引き出せていなかった可能性も高く、判断を下すことは控える。 どのみち、今となっては比較も叶わないし。

 

<<2021.10.9追記>>

※1:

 弦高が12F6弦で3.2㎜とやや高めだったこともあり、その後ネックの元起きをネックアイロンで修正してもらった(2021年9月)。

 

※2:

 ナットのプラスチック(樹脂?)が脆くなっていて欠けが生じたため、ネック修正のついでに牛骨製に交換。ついでにサドルも牛骨製に。これで音が格段にクリアになった。もはや極上と言っていい音色だ。

 あと、これは欠点と言うのかどうかだが、ネックがやや厚いのと、弦高がサドルをギリギリまで下げても3㎜弱程度。ただ、この時代の「フォークギター」の標準的な弦高設定は皆このくらいだったのだが(1979年W-20もそうだった)。現在の僕なら問題ないが、初心者にとってはバレーコード(「F」とか)を抑えるのががやや難しい設定だ。実際僕も「F」の攻略にはかなり手こずった。当時のエントリークラスのギターは、初心者向けと謳いつつも実は初心者に「やさしい」ギターではなかったかもしれない。