2020年の衝撃  

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 魔の山を抜けて、まず取り組むべきは――解決すべき予てからの重要懸案があった。

 

 それは、スマートフォンの買い替え。

 

 使っているスマートフォンは格安のデータ通信専用SIMを入れたiPhoneの「4S」。搭載できるiosが古くて、2年程前から電子マネーを扱うアプリ全般が使えなくなっていた。不便さを感じてはいたが、金銭的余裕もなくずるずると対応を後回しにしていたのが、この9月にはついにLINEまで対応終了となり、いよいよ年貢の納め時が来たことを悟った。通話用途の携帯電話(ガラケー)との2台持ちという現状をどうするかも含めて、最低でもスマートフォンは「使える」機種への買い替えが必須だったのである。

 

 さらに、重い腰を上げて最新のスマートフォン事情を調べ始めたところへ11月いっぱいでガラケーのimode公式サイト終了の追い打ち! 一気に外堀が埋められた感があった。そして詳細な検討の結果、2台持ちの料金面でのメリットもなくなったことから、11月下旬、ついにガラケーからスマ-トフォンへの完全乗り換えを決行した。

 

 これでやっと懸案は解決である。とりあえず、使えなくなっていた様々なアプリを入れ直してみる。

 

 

 知らなかったのだが、ヤフオクのアプリは保存した検索条件に新着があるとプッシュ通知が来る。保存した検索条件とは、長年使っていない「Larrivee」に関するものとか――。

 

 12月4日。職場のビル内で新型コロナ陽性者発生! 即日、職場封鎖になり強制帰宅に。

 

 そのタイミングで、ふいに届いたのがそんな過去からの通知だった。

 

 来るのは知っていたけれど、見ることもなく無視していた。最後の魔女の入手を最後に、以降アコースティックギターは買っていない。探すのも辞めている。極々まれにヤフオクや楽器屋のサイトを覗くことはあるにしても。今は日々、細々とだが弾いて楽しんでいるのみである。 

 

 ただ、この日は帰宅してなんとなく、反射的にタッチして見た。すると――

 

 

 目に飛び込んできたのはLarriveeのフローレンタイン・カッタウェイのボディ。この日出品されたばかりでJEAN LARRIVEE 品番不明」とタイトルが記されていたが――。

 

 一目でそれとわかる古いビクトリア時代のLarrivee L-28 Deluxe Cutawayだった。

 

  詳細ページを覗いてみると、そこにはヘッドインレイの画像があった。

 

 

 

 

 ――!

 

ヘッドインレイの画像
ヘッドインレイの画像

 目を疑った。

 

 そこに「存在するはずのないモノ」を見たような気がしたのだ。だが見間違いではなかった。かつてあれほど探し、ついに見つからなかった――これは「OLD EAGLE」、初代魔女のインレイだ!

 

 まさか実物が現存していたとは。

 

 僕が所有していた初代魔女は海外に売られていったらしいので、ここに写っているのは別の個体だ。だとしても、これは感慨深い。

 

 忘れていた感情、過去。一瞬にして幾多の日々を超え、よみがえる想い――。

 

弾き傷
弾き傷

 

 しかし、冷静になって他の画像もよく見てみると、このギターはクセの強いストローカーが愛用していたらしく、ボディのヘンな場所に酷い弾きキズや謎の跡がついている。おまけに、どういうわけかペグが取り外されていて、無い。

 

 画像から読み取れるのはどう見ても「長年物置に放置されていたジャンク品」だった。推測を裏付けるように、出品元は多種多様、雑多な品物を扱うリサイクル屋である。

 

ピックガード下にも弾き傷 横に謎の汚れ?傷?
ピックガード下にも弾き傷 横に謎の汚れ?傷?

  開始価格は、まともな状態での楽器屋販売価格からは10万円ほど安いが、修理必須のこの状態の楽器としてはそこそこ足元を見た値段だった。

 

  幻の初代魔女のインレイには大いに心が動いたが、このギターを所有したいか? というと、そちらに心は動かなかった。ギター収集はもう完結した過去の話。新たなギターを手に入れたいという欲求はすっかり枯渇していたのだ。

 

  

 だが次の日の朝、どういうわけか起きた瞬間に明らかに想いが入れ替わっていた。理屈ではなく、このギターを手に入れなければならない、と。日々積もり続けた塵は払われ、完全に吹き飛んでいた。

 

 まさかの180度方針転換。「究極の魔女」の時のように、どうやら寝ている間に勝手に脳内にて「小人円卓会議」が開催され、この意思決定がなされたようである。

 

 なぜだろう? 決して僕自身が欲していたわけではない。いや、少なくとも昨日時点ではそう思っていなかったはずだ。

 

 もし初代魔女そのものならば何を差し置いても手に入れなければならないところだが、ただ、これは別の個体だ。おまけに、状態が良いとは言えない、それどころか楽器として機能するかどうか怪しいジャンク品である。

 

 つまり、「高額な飾り」になる可能性が高い。冷静に考えると手を出すべき商品ではないのだ。

 

 なのに何故、このギターを欲したのか。この「インレイ」こそが理由なのか?

 

  

 魔道記とは初代魔女を探す旅。完結したとはいえ、結局初代魔女自体は見つからず、その同じインレイすら見つからず、ほぼ瓜二つのインレイの「最後の魔女」を手にしたことで結末とした。ただ、その理由は「時間切れ」なのである。

 

 本来の趣旨では同一インレイ、同年代のL-28の入手こそが真の終着点。そういう意味では魔道記の本来の結末が今、やっと目の前に見えているということにはなる。

 

 しかし、そうだとしてもわからないことがある。

 

 一般的に、この手の画像には傷が写りにくく、現物より状態は良く見えがちである。無傷と思って届いた現物を見ると傷だらけ、ということはしょっちゅうだ。なのに、その画像の状態でさえハッキリとわかるほど酷い傷のあるギター。現物はどれほど状態が悪いのか。

 

 僕はどちらかというとキレイな状態のギターを好む。好き勝手に弾き倒された激しい弾き傷のあるギターに興味は持てないはずなのだ。なのにこのL-28に関してはなぜか、そんな状態に関係なく逆に好感を持っている。とても興味を惹かれるのである。こんなことはとても珍しい。

 

 その理由が、頭ではいくら考えてもわからないのだった。

 

 とにかく――終了日まで残り1日。その時までにこの気持ちが変わらなければ、小人円卓会議の結論を信じることにしよう。

 

 2021.1.6