さすらいの大魔女  

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 「究極の魔女」が初期Larrivee最上位モデルの完成形であるとするなら、これはその一世代前、トロント時代最終期のプロトタイプだ。 

 

「古の大魔女」L-72 Presentation(型番もないので仮称)
「古の大魔女」L-72 Presentation(型番もないので仮称)

 

 そしてやはり、只者ではないオーラを発していた――。

 

◆◆◆ 

 

 「究極の魔女」と比較してみると――。まず、カッタウェイの有無の違いを除くと、サイズ等も含めた形状に関しては、同一だ。 逆に、トロント→ビクトリア移転時に変更になったと思われる部分は――

 

ネックが2ピース→1ピース削り出しになった

 →グレードが上がった。 

型番・シリアル番号が刻印されるようになった。 

 →トロント時代は型番さえ不明……なのか、そもそも型番も無かったのか?

使用材の質が変わった 

 →移転後はやはり、グレードが上がったと思われる。 

 

 これ以外では ――

 

サウンドホール径が変わった 

 →1979年頃にサウンドホール径が1㎝大きくなった 。

ボディ外周のインレイの幅が変わった

 →究極の魔女の時代のインレイはやや細め になっている

 

 サウンドホール径、ボディ外周インレイの太さは、手持ちのビクトリア移転直後のモデルであるL-10 Deluxeと同じだ。この2点は移転時には引き継がれ、その後究極の魔女が誕生する1年余りの間に変わった部分となる。 

 

 あと、これは拠点の気候の違いなのか――トロント時代のものは塗装も含めクラック(板の割れ)が多めである。「古の大魔女」も前所有者(関東在住)が買った直後に側板クラックが発生したらしく、それ以前にも、表板センターシームの剥離の修理履歴があり、他の魔女達と比べてもけっこうデリケートな印象を受ける。確かに、日本(本州)は極寒のトロント生まれのギターにとっては過酷な環境かもしれない。まだビクトリアの方が温暖で多少は日本に近いのかも。ただし、北海道は本州に比べると格段にギターには優しい(梅雨がない)ので、我が家においては問題が発生する予兆は全く無いけれど。

 

◆◆◆ 

 

 これまで、ビクトリア移転前のトロント時代の仕様は謎に包まれていた。だが、「古の大魔女」の存在で明らかになったのは、移転により急に何もかもが変わったわけではないということ。トロント時代最後期の1977年には原型とも言えるモデルが完成していたのだ

型番、シリアル番号の刻印なし
型番、シリアル番号の刻印なし

 

 改めてこの古の大魔女を見る。ヘッドには女性を模ったインレイ。


 

 ビクトリア期以降のインレイは肌の部分がアイボリー色(おそらく象牙)であるのに対し、これは全体にマザーオブパールが使用されている。後の時代に進むと、ディテールがどんどん緻密で複雑化していくのだが、この頃はまだ全体が素朴で柔らかく、優しい。その表情を見るだけで、このギターの何たるかが伝わってくるようだ。 

 

◆◆◆ 

 

 演奏性は良好。前所有者が愛着を持ってきっちり調整してくれていたのがわかる。 

 

 肝心の音に関しては――インターネット上で1980年当時、ラリビーをリアルタイムに買った人の話を目にした。店にはDeluxeとPresentationの両方があり、弾き比べるとDeluxeの方が音がいいからDeluxeの方を選んだ、と。どういうことだろう? 単なる個体差か? 定価で30万円も差があるDeluxeとPresentation。装飾の差だけではなく、材のグレードも違うのだ。でも、弾いてみると下位のDeluxeの方が音がいい、と? 

 

 これは、よく読むとどうやら音質ではなく「鳴り」がいいから、というニュアンスのようだ。最近でも、おそらくこの「古の大魔女」と1980年のDeluxe Cutawayを同じ楽器店で弾き比べて、Deluxe Cutawayを選んだ、という人の話を見た。値段、修履歴有り、を考慮しても、Presentationの音よりDeluxeの方がいいとは?

 

 こちらも「鳴りが決め手だった」と記されていた。確かに我が家でも、1978 L-10 Deluxeと「究極の魔女」を弾き比べると、音量は L-10 Deluxeの方が大きく、弾きながら聴く分には良く鳴っていると感じる。なので「鳴り」に関しては同じ見解になるのだが――。しかし「音質」は間違いなく「究極の魔女」の方が格段に良い。「究極の魔女」は弾きながら聴くと大人しめだが、その音は遠くまで実によく通るのだ(「魔界」のトリムで実証済み)。つまり、「究極の魔女」の音は遠達性がいいということだ。 

 

 遠達性。ポイントはココだ。「弾き手に良く聴こえる音が良い」か「聴き手に良く聴こえる音が良い」かの差。スティール弦ギターではホールで生音で聴かせる、なんて状況はあまり無いから、遠達性なんてあまり気にかけない。でも、これはクラシックギターでは大きなポイントだ。 

 

 個体に対する思い入れの差を抜きにしても、僕は手持ちの魔女達の中で「究極の魔女」が断然良い音に感じる。「究極の魔女」は見栄えだけでなくその音でも僕を魅了するのだ。実際、この音を聴きたくて、ついつい「究極の魔女」ばかり手にすることが多い。他の魔女達には申し訳ないが。そして、それは音量ではなく音質の違いのゆえである。 

 

 今まで、この音質の違いは個体差だと思っていた。だが「古の大魔女」を弾いてみると、それはグレードによる明確な差別化なのではないかと思う。そして「古の大魔女」も「究極の魔女」と全く同じ傾向の音なのである。つまり、Larriveeはグレードが上位になればなるほど遠達性に優れた音質になる、ということだ。

 

 店頭で弾き比べたレベルでDeluxeの方がいい音に聴こえる(よく鳴る)のは遠達性の差による要因も多分にあると思う。逆に、Deluxeの方がいい音(よく鳴る)という判断は、スティール弦アコースティックギター的アプローチでは正しいのかもしれないけれど。 

 

 「古の大魔女」も遠達性に優れた素晴らしい鳴り方をする。外見と値段が豪華なだけではなく、音も1ランク上。まさしくクラシックギターを直にルーツとする初期Larriveeの最上位グレードにふさわしいギターだ。 

 

◆◆◆ 

 

 こうして、長い年月さすらい続けた「古の大魔女」は、現在も我が家に居候中である。一度だけトリムで弾いたことはあるが、基本的にはどこにも連れ出していない。

 

 一時預かりとはいえ、これだけの音を誰にも聴かせないのはちょっともったいない気もする。機会があればまた今度どこかへ連れ出してみようかな、思う。

 

 む。これは――何かが始まる予感。

 

 

 

Larrivee L-72  Presentation(型番なしのため仮称)  1977

 

<<仕様(推測)>>

 表板:Solid German Spruce 

 側・裏板:Solid Indian Rosewood 

 ネック:Honduras Mahogany 

 指板:Ebony 

 下駒:Ebony

 サドル・ナット:Ivory