2008年の終わり。僕はLarriveeの魔女達に囲まれ、平和な日々が訪れようとしていた。
苦労して編纂した「Report of Larrivee Guitars」により、長年の謎だった初代魔女L-28の正体がついに解き明かされたのだ。その全容は――。
まず、ラベルについては独自に調査するまでもなく、公式ホームページに素晴らしく詳細な情報が載っていた。
↓公式ホームページの中の「Label History」のページ
https://www.larrivee.com/archives-artifacts/label-history
この中で、記憶にある「対の天使の絵」に該当するのが、時代的にも「1980 Victoria label - Charub design by Wendy Larrivée - Circa 1980-81」か「1982 - Updated charub design Wendy Larrivée - Circa 1982-94」のどちらかだ。雰囲気は良く似ている。どちらだったのだろう?
決め手は枠の4隅にデザインされた花。この花のことをはっきりと覚えていたことで、ラベルは「1980 Victoria label - Charub design by Wendy Larrivée - Circa 1980-81」であることがわかった。
これは重要な情報だ。このラベルは1980年~1981年にかけてのたった2年間しか使われなかった希少なものだからだ。これにより、初代魔女の製造年もおのずと1980~1981年であることが確定した。
グローバー・インペリアルペグについては、多数集めたサンプルから確かなことがわかった。このペグが採用されていたのは「1980 Victoria label~」の時までで、ラベルの変更のタイミングに伴って、これ以降はシャーラー製に変わったと推測される。
そして最大の謎、問題の「鳥」のインレイは――。
ぼやけた写真、僕の記憶、それに膨大なインターネットから拾った画像、それらを総合して出た答えは、この図柄だ!
これは、公式ホームページに載っている「OLD EAGLE」(※1)のインレイの逆向きで、かつ、年代が2~3年新しいバージョンと推測される。極めて流通量の少ない希少なインレイであることは間違いない。
↓公式ホームページの中の「Inlay」のページ
https://www.larrivee.com/inlay
インレイの謎には最後まで手こずったけれど、間違いなく正確な解答を導き出せたと思う。
※1:「Inlay」のページの後半のArchived & Custom Worksの中にある「OLD EAGLE」の画像は1976年製のもの。ちなみに、前編で触れた「人気のある代表的なイーグル」とは、ここの「FLYING EAGLE」のデザインだ。初代L-28の鳥のデザインは、「OLD EAGLE」から発展し「FLYING EAGLE」の原型になったものではないか? とも思える。
こうして、ついに全容は解明された。僕のギター人生に絶大なる影響を与え、今現在も与え続けている、幻のLarrivee "初代魔女" L-28 Deluxe Cutaway とは、実際にはこんなギターだったのだ……。この結果には大いに満足している。今更ながら深い感銘を覚える。そして――。
うすうすわかっていたことだけれど、調査の過程でさらにはっきりとわかった。
初代魔女はどこにもいない!
初代魔女に関しては思い入れが強すぎる分「同等のL-28」に求める条件がどうしても厳しくなってしまう。ラベル、ペグはもちろん、特に譲れないのがヘッド・インレイだった。手作りであるがゆえに、同じ種類でも二つと同じものがない、といわれるLarriveeのインレイ。これが初代L-28と同一、いや、少なくとも同じ「種類」であることがインレイの絶対条件だ。
このヘッド・インレイの条件こそが「同等のL-28」が見つからない理由の最大のものと言ってもいい。この4年の間に、ラベルとペグが条件に適うL-28なら2回見た。でも、ヘッド・インレイが違うのを知った瞬間、全ての興味は失われてしまうことになった。ただでさえ希少な同年代L-28でインレイに関してはさらに希少な種類、となれば、この組み合わせが見つかる可能性は限りなくゼロに近付く。だから、初代魔女はどこにもいない。これが最終結論だった。
たぶん、単に理詰めで事実を積み上げて、自分自身で納得したかっただけだ。この条件のL-28は見つからないということことを。そのために4年もの歳月を費やした。十分じゃないか? やはり、一度手放した過去は二度と還らない。これは人生普遍の真理で、僕にもあてはまるということ。それでいいじゃないか!
あきらめの悪い僕でも、これだけの労力のあとではさすがに心底納得できた。これまでのように本気で「初代魔女」の幻を追いかけたりはもうしない。ないものを求めることを昔は「黒い白鳥を探すようなもの」と言ったらしいけれど、これがまさにそうなのだろう。(後に黒い白鳥が本当に見つかった時、世間はかなり驚いたらしいけれど)
人生の時間は有限。こうでも決めないと僕自身がちっとも先に進まないのだった。
それは2008年の終わり――。
僕はLarriveeの魔女達に囲まれ、平和な日々が訪れようとしていた。
一方、インターネットでのLarriveeチェックはほんの時々、半ば儀式的に続けていた。ただ、たまに魔女級のLarriveeを見ても以前のように「欲しい」と牙を剥くことはない。Larriveeはもう僕の「現実」を蝕む魔道ではなくなったのだ。
も・う・L・a・r・r・i・v・e・e・は・魔・道・で・は・な・い
その言葉はまるで呪文のように頭の中に反響する。本当だろうか? 本当にもうLarriveeの魔道は終わったのだろうか?
一点の曇りもなく晴れ渡った空に、ふとよぎる不穏な影――もし、「初代魔女」さえも超える存在があるとしたら……。
それはもうこの世にたった一つしかない。
それは……衝撃のL-78。20数年前、僕に最初にして最大の衝撃を与えたあの
Larrivee L-78 Presentation Cutaway Tamborine Lady
――あまりに現実からかけ離れた存在ゆえ、憧れにしかなり得なかったギターだ。
大丈夫。それは最初から「現実」ではないのだから。「現実」でないものは決して魔道にはならない。
だから大丈夫。
も・う・L・a・r・r・i・v・e・e・は・魔・道・で・は・な・い
その言葉はまるで呪文のように――。
<完>