◆コレハスゴイ
反射的に、もしくは半分義務のように「Larrivee」のカテゴリーをチェックする。これはもう何年も続けている習慣に近い行為だ。そこには普段どおり、落札されぬまま長い間出品され続けている見慣れた商品達が並んでいた。
そんな中に紛れて、稀に目を惹く商品が出品されることがある。無意味な単語の羅列にしか感じられないタイトルの文字の中で、この日は視界の片隅にこんなキーワードが引っかかった。
――タンバリン・レディ――
ふむ。これは重要度ランクAに属する単語だ。
Larriveeの最上位機種L-78のヘッドには豪華な「人」をデザインしたインレイが入っていた。Tamborine Lady(タンバリン・レディ)」はタンバリンを片手に踊る女性の図柄で、当時の日本版カタログの表紙にも載っていたものだ。
何種類かある「人」のインレイの中でも特に気に入っていて、以来「Tamborine Lady」は僕の中でLarriveeの象徴のような存在になっている。
ただ、オークションでも他のサイトでもめったに出てこない。それも、稀に出てきても比較的新しい商品ばかりで、僕の琴線に触れるような古い「Tamborine Lady」にお目にかかることはまずなかった。
よって、今回も半分義務のような反射的動作で詳細ページを開いた。すると――!
そこにはギターケースに入った状態で撮影された、素っ気無いギターの全体画像と、ボディ部分のアップ、ヘッド部分のアップの3枚の画像があった。特徴から見てビクトリア時代初期のLarriveeだ。よく見ると「1979年……」とある。なかなか珍しい出品物だ。
更に、詳しく画像を見ると――ブリッジが象牙のL-78、プレゼンテーション・カッタウェイモデルだった。
これは凄い! ……これはすごい? ……コレハスゴイ。
機能麻痺した脳は、他人事のように感心していた。
他人事に感じた理由は他にもある。凄いのは商品だけではなく、開始価格もすこぶる付きの高嶺の花だった。開始からすでに四日目だったけれど誰も入札していない。その値段は当時定価¥950,000-の半額以上! 当然かもしれない。今のご時世では誰も手を出さないかも。
その時
「ピィィィィィ――」
台所から、ヒステリックな音色でやかんが呼ぶ。
お湯が沸いた。久々のヤフオクタイム終了のホイッスルだった。僕はページを閉じて画面を離れた。
◆度を超えた衝撃
遅い夕食を食べながら、しだいに頭の中に「違和感」が広がってきた。ほんの一点の曇りが空全体にゆっくりと広がって行くような感じだった。
なんだ?
なんだ?なんだ?
なんだ?なんだ?なんだ?
頭の奥の方で何かがゆっくりと動いた。閉じられた「Larrivee」の引き出しの鍵がふいに開く。
さっきのは……ひょっとして……もしかして……。
先ほどインプットされた情報は速度が鈍いながらも処理が続けられていた。拾ったキーワードが正しく変換され、並べられる。
・1979年
・Larrivee L-78 Presentation Cutaway
・Tamborine Lady
・Ivory Bridge
これは――「重要度ランクA」どころではない! 最上級の「重要度ランクSSS」に値する、超特大の大当たりだ! 何と、僕の琴線のど真ん中を貫くキーワード全てが揃っているではないか!!!
こんなあからさまな目印に何で気付かなかったんだろう? これに該当する機種は一つしかないではないか!
Larrivee L-78 Presentation Cutaway Tamborine Lady
そう、高校1年生の僕が初めて見たLarrivee、そして僕をLarriveeの魔道に突き落とした――あの衝撃の扉ページの写真と同一の仕様を持ったギターだ!
……!
あまりに度を超えた衝撃だったのだ。すぐにはそれと気付かないほどに。
夕食を食べ終えてソファに寝転びかけた僕の全身に電撃が走った。そのまま眠りの世界へ沈もうとしていた僕は強烈な本能の欲求に逆らって飛び起きた。
まさしく、同一仕様のL-78だった。なんということ。こんなタイミングで何故出てくる?
昨年末以来、僕の財政状況は危機的レベルにある。お金がない。おまけに来年度は仕事がない?
△◎×〇……。
思考回路は停止状態。何も考えられなかった。とりあえず、今は睡眠が必須だ。寝よう。僕はフラフラとベッドに向かった。
ところが。
消えない。違和感が消えない。消えない。
まだ何かあるのか? 動かない脳を無理やり思考が巡る。