◆ありえないはずの現実
ビクトリア時代のLarrivee L-78 Presentation Cutaway、それは――。
当時の工房は10数人体制で、生産本数は全モデル合わせても年間数百本だった。そのうち最上位のL-78はいったい何本作られたのだろうか? さらに、その中で日本に入ってきたのは何本なのか? たぶん数本程度、もしかすると当時のカタログに載っていた2本(※1)のみじゃないのか、とさえ思う。
Larriveeについて調べれば調べるほど、初期L-78は市場に出回る可能性が限りなくゼロに近いという結論に傾かざるを得なかった。実際もう4年以上チェックを続けているけれど、商品として出ているのを一度も見たことがない。
だからこそ、僕の中でL-78とは純粋な憧れ、現実には手にすることのできない幻のギターだった。
ベッドから起き上がった僕は、何かに突き動かされるように部屋の灯りをつけ、もう一度パソコンに向かった。あらためて出品商品のページを見る――間違いない。間違いなくあのL-78と同一仕様だ。夢ではない。これは現実に、ここに存在している!
確かに、度を越えて衝撃的な出品物だった。長年の憧れと同じ仕様のモデルを手にする又とないチャンスに、アドレナリンが噴き出すのがわかる。けれど――それを確かめてもまだ違和感が消えない。
この違和感は何か、もっと根本的に違うことを訴えているような気がする。まだ何か見逃している? それとも単なる疲れのせいなのか?
◆違和感の正体
別ページでは詳細画像が掲載されていて、各パーツの拡大画像をじっくり見ることができた。「ほぼ未使用」との説明だけれど、約30年を経過したボディは貫禄のある飴色に焼けている。どこかにずっと飾られていたのだろうか?
やがて画像を見ているうちに何とも妙な感じを覚えてきた。
違和感――。
ずっと感じていた違和感。それがここにきて増幅される。初めて見た画像なのに何かを思い出すような感覚。違和感というより既視感。何だろう、この不思議な感覚は――待てよ!
このTamborine Ladyの表情――まさか?
不明瞭な記憶の中から何かが浮かび上がってきた。焦点が合い始める。
僕が高校生の時に初めて見たL-78は「Guitar Book」という雑誌に載っていた。それがすべての始まり。ギターに関する限り、後にも先にもこの時の衝撃を超えるものはない。
その雑誌のギターは、後に手に入れた当時のカタログの表紙を飾っていたL-78 Tamborine Ladyと同じ個体だった。どちらも擦り切れるほどに見て、明確に判別できる細部の特徴を記憶している。
その特徴が……あろうことか、今見ているこの画像の中にも確認できるではないか?!
まさか? まさか?
本棚の奥からカタログと雑誌を引っ張り出す。そして、
――古いカタログ、古い雑誌、出品物の画像
デスクライトの下で何度も見比べてみる。
――表板の木目、ロゼッタの貝の模様、ブリッジの図柄、そして、ヘッドのTamborine Ladyのインレイ
まさか?
いや、そのまさかだった。古い写真から30年経ってはいるけれど……間違いない!
なんということだ――。
僕はやっと理解した。あのTamborine Ladyの表情――「無意識の僕」には瞬時にわかったはずだ。感じていた違和感はそのシグナルだったのだ。
そう。ここに出品されているのは――。
これは、カタログ撮影に使用されたL-78。そして、僕が一目見て衝撃を受けた、あの雑誌に載っていたL-78――その写真の被写体になったギターだ! これこそ本当に世界にただ一本、僕にとって永遠の憧れ「究極の魔女」。
僕はその場に両ひざをついて崩れ落ちた。そのまま立ち上がれなくなった。全身の毛穴が開いて血の気が引いて行く。
憧れのアイドルとそっくりな女性が目の前に現れた――それだけでもありえないのに、まさか本人だったとは――。思いがけない事実は受け入れるにはあまりにも現実離れしていた。でも、これだけは分かる。千載一遇のチャンスの前髪が今、目の前を通り過ぎようとしていること。
今、やっと全てを悟った。約2時間前、ヤフオクを覗いた瞬間、僕は引き返すことのできない運命の扉を開いてしまっていたのだ。
※1:カタログに掲載されていたもう1本の「Robin Hood(ロビンフッド)」の方は近年、アコースティックギター系の雑誌で見た。おそらくどこかの楽器店関係者の持ち物なのだろう。その後、2018年末に個人からヤフオクに出品され、2019.1.2に落札された。落札者は評価数から業者関連かと思われるが、詳細は調査不能。→2021.1.17現在、デジマートより出品中!→売却済