究極の魔女  

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◆魔女の試練 

 

 とっくに日付は変わっていた。ベッドに入ったけれど、簡単に寝付ける訳がない。

 

 どうしよう――。

 

 「究極の魔女と同一スペック機種」と「究極の魔女そのもの」とでは、意味合いも重みも全く違う。気まぐれな女神(=極悪な魔女)は何を思ったか、一番探していた物を前触れ無く目の前にぶら下げてきたのだった。

 

 わかっているのは、この機会を逃したら二度と出会えないこと――。ただ、今は高額なギターを買う金銭的余裕がないという現実があった。

 

 何の為にそのギターを手にしたいのだ?

 過去の妄想に縛られて、無駄に苦しい思いをするのか?

 

 現実の声は問う。真正面から。そして現実は強い。とてつもなく強い。

 

 

 思い出すのは、初代Larrivee。これ以上ない背伸びをして手に入れた。

 

 大学1年の夏休みのほとんどを費やしたバイト代の全額。それでは足りずに、毎月の食費に相当する額を半年に渡って後払い。それでなくても「仙人」と言われていた極貧生活がさらにドン底レベルに沈んだ。

 

 そこまでして手にした初代Larrivee。 

 

 過ちだったのか? 後悔はしたのか? 

 

 ――否!

 

 初代Larriveeを手に入れたことに後悔はない。後悔があるとしたら、その後所有し続けられなかった当時の自分の力のなさ。生活という現実に敗れた悔しさ……。

 

 今の状況は、なんだか当時ととてもよく似ていた。

 

 初代Larriveeが究極の魔女に姿を変えて、再び僕の前に現れたというのか?

 あの頃渡れなかった橋の向こう側へ、渡れるチャンスがもう一度来たというのか?

 

 僕は自分自身に試されていた。

 

 

 現実は強い。けれども、今の現実は安住の地ではない。もし、やり直せるとしたら――僕は渡れなかったあの橋の向こう側へ渡ってみたい! それが僕の意志だ。そのためにはこのギターが必要だ。

 

 これが明確な僕の答えだった。論理的な根拠はない。単なる思い込みに過ぎないかもしれない。でも、現実を凌駕する絶対的な思い(思い込み?)だった。

 

 「無意識の僕」は既に覚悟を決めていた。あとは、最終決断を「現実の僕」が迫られていた。とても難しい決断を。

 

 

◆迫られる決断

 

 率直に言ってギター購入用の余剰資金は無い。その種類の資金はむしろマイナス状態と言える。 

 

 ただし、現在の価格に入札できるだけの貯えは辛うじてある。とはいえ、本来は使ってはいけない位置付けの資金だ。手を付けてはいけない資金を取り崩す、未来の自分に自己借金……危険な裏ワザだった。 

 

 加えて、これはオークションだ。このギターの価値を知る人間は僕だけではないはず。競争相手が現れればさらに価格は高騰する。もし、そうなった時の想定される最高額は――∞(無限大)だ。想像もつかない。全財産を投げ打っての勝負さえもありえる?

 

 改めて「現実の僕」に問う。

 

 そこまでの価値があるのか?

 それだけの覚悟があるのか?

 

 覚悟? 覚悟ならとっくに決まっている。あとは――。

 

 僕の特技(?)の一つに「眠りながら考える」という技がある。難問が解決できずに悩んでいる時、ごくまれに、朝起きたらスッキリと結論が出ていることがある。小人の靴屋よろしく夜中に小人達が激論を戦わせているに違いないと思うのだけれど、何せ本人は眠っているのだから真相は謎だ。

 

 今回、その「小人円卓会議」を招集しようと思った。いつでも自由に開催できるわけではないけれど、でも、これが僕にとって重大な案件なら、必ず今夜は招集されるはずだ。朝までに結論が出ていなければ見送り。結論が出たら――全力を尽くしてその決定に従う!

 

 そう決めたら眠りが襲ってきた。