究極の魔女  

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◆入札

 

 目が覚めると、自分がどうするべきかがはっきり分かっていた。「小人円卓会議」は開催され、結論が出たのだった。

 

 出勤前にパソコンを立ち上げ、ヤフオクを開く。問題の商品のページを開き、再度出品内容を確認する。夜更けに書いた手紙を読み返すような気分で、冷静に。

 

 間違いない。これは「唯一無二」の存在で、僕が「」「絶対」に「手に入れなければならない」ギターだ。「小人円卓会議」の結論はそうはっきりと示されていた。

 

 なんと、満場一致なのか? 一人くらい賢い小人はいなかったのか? まぁいい。決まったことだ。ならばもう迷うことは無い。僕に出来ること――このギターを落札するためにありとあらゆる手段を尽くすだけだ。

 

 ここで冷静に戦略を練る。

 

 もし、潜在的競争相手を想定するなら、互いに終了間際ぎりぎりの時間に勝負に出るのが通常のオークション戦術だ。逆に、最初からべらぼうな金額を入札しておいて、いかなる相手をも跳ね返す、という無双な戦略もあるけれど、これだと落札額が高騰するリスクが大きい。

 

 今回はどうするべきか?

 

 調べると、出品者は前年末ころから高額な楽器をちょくちょく出品していた。開始価格が高額なため、競り合いになった例は少なく、中には「即決希望」の問い合わせに対して「即決可能」と回答しているケースもあった。

 

 なるほど。「早い者勝ち」に近いパターンか。今回の場合は早い段階での入札行為が必須と見た。ならば――まずは決意と威嚇の意味で入札だ! さすがに過去最高の入札額には少々指先に震えがくる。

 

 出勤までもう時間はなかった。最後のためらいを振り切って「入札」をクリックする。もう後には引けない――。

 

 さらに、今回は開始4日目で僕が初の入札者だ。本当に売りたくて出品したのなら、この開始価格で即決してくれる可能性はあった。可能性があるなら手を打つ! そこで、現在価格で早期終了の可否を問う質問も上げた。 

 

 さあ。今出来ることは全てやった。これで通常なら3日後の最終日に予想される最後の戦いを勝ち抜けば……。

 

 

◆落札

 

 夜――。 

 

 この日も忙殺状態で、体力は消耗しきっている。でも、妙に気は張っていた。血中アドレナリン濃度は高いようだ。さて。今はやかんの湯が沸くまでの待ち時間だ。パソコンを立ち上げると――今朝の質問の回答が届いていた! 

 

 運命の第1関門。

 

 魔族でも神に祈ることはある。即決OKの可能性は五分五分と見ていた。ここで勝ち抜けとなるか、はたまた決死の総力戦突入となるか。震える手で開いたその中身は――。

 

「早期終了も可能です」 

 

 おぉ?! 思わずこぶしを握る。急いで商品ページを見ると、僕以外の入札はまだ無い。これは、行けるのか? 考える余地は無い。もう一度質問欄から意思を伝える。「購入の意思有り。早期終了希望」と。 

 

 そして――例によって遅い夕食を食べている間に、オークションは静かに早期終了していた。落札通知のメールが届く。何度も確認した。落札者は僕だ!

 

 急速に肩の力が抜けて行った――。 

 

 

 終わってみると、なんともあっけないものだった。覚悟していた最終日血戦を待たずに勝負は決した。 

 

 いや、もしかすると本当は競争相手がいたのかもしれない。終了間際の参戦を目論んでいた潜在的競争相手は土俵に上げることなく退けたことになる。そういう意味では、決断の早さが勝利を呼んだと言えるかもしれない。 

 

 更に嬉しいのは、開始価格で手に入れられたこと。おかげで今回の財政危機は、破綻の1歩手前で辛うじて踏みとどまることができそうだ。とは言え、財政再建には険しい道のりが待っていることに変わりないのだけれど。長きに渡る耐乏生活? 考えると気が滅入るので、当分は見ないふり、見ないふり。 

 

 

 この日、落札した実感はどちらかというと「勝利の余韻」という感じだ。落札の事実がもたらす結果、究極の魔女がやってくるということについてはまだ何の思いも至らなかった。 

 

 思えば、全てがわずか24時間のうちに起こった出来事なのだった。 

 

 荒れ果てた砂浜でたまたま、たった1粒のダイヤモンドを見つけたのような、あるいはめまぐるしく明滅する液晶大画面のたった1ヶ所のドット欠けを見つけたような、あえて例えるならそんな感じだ。どうあれ、ぼくはこの日を一生涯忘れないだろう。 

 

 2009年2月――。依然として「仕事サイボーグ」状態が続く日々。